AI技術の進化は、法務部の内部業務に静かな変革をもたらしています。 従来は手作業でこなしていた業務の多くがAIによって効率化され、担当者の時間やリソースが“余白”として生まれています。 この余白は、単なる時短にとどまらず、法務部全体の役割そのものを再定義する契機になりつつあります。
1. 翻訳業務──外注前提から“自力完結”へ
海外取引先とのNDA、英文契約書のレビューなど、かつては専門の翻訳者に依頼していた作業。 いまでは、ChatGPTやDeepL Proといった生成系AIを活用することで、ドラフト段階の翻訳は法務部内で完結するケースが増えています。
もちろん、最終的なリーガルレビューには注意が必要ですが、それでもかつて数日かかっていた工程が、数時間で済むように。 外注コストだけでなく、担当者の稼働時間も圧縮でき、本質的な法的判断や戦略検討に時間を使えるようになりました。
2. 社内向け文書作成──“資料作成係”からの脱却
法務部には、契約関連Q&A、コンプライアンス研修資料、社内通達文など、「説明責任」のある文書作成業務が数多く存在します。
これまで一から構成を練り、過去資料を探し、文面を整えるのに多くの時間がかかっていたこれらの業務も、いまやAIにより叩き台を生成できるようになっています。
その結果、担当者は「構成に悩む時間」や「言い回しに悩む時間」を短縮し、文書の意図や戦略を考える“上流”の仕事に集中できるようになりました。
3. 契約レビュー業務──“形式チェック”の自動化
秘密保持契約(NDA)や業務委託契約などのひな形レビューでは、文言の整合性チェックや用語の統一など、定型的な確認作業に多くの時間が割かれてきました。
現在では、ChatGPTなどを使って条文の整合性や過去の修正履歴との照合を行うことで、作業効率は飛躍的に向上。
ミスの見落としも減り、“判断”に時間を割く契約レビューへと進化しています。
法務部員が「チェックリスト作業員」から、「契約全体のリスク判断者」へと役割を変えつつある好例です。
4. 社内問合せ対応──ナレッジ蓄積×AIで“属人化”脱却
「この条文ってどういう意味ですか?」「過去に同じような契約あった?」
こうした社内からの問合せ対応は、蓄積されたナレッジが個人に依存しがちで、“属人化”しやすい業務の代表格でした。
しかし今では、過去の契約・FAQをベースにしたナレッジデータベース×AIチャットボットの運用により、法務部全体での対応品質を均質化できるようになっています。
同時に、人間の対応は「判断」や「調整」が必要なケースに限定できるため、チーム全体の負担も軽減されます。
5. 生まれた“余白”で何ができるか──法務部の進化の方向性
AIによって手間が減った今、法務部に求められているのは、「未来への価値創造」です。
たとえば:
- ガバナンス・内部統制の強化施策の企画
- 事業部との共同によるリスクシナリオの立案
- 契約書分析に基づく取引構造の最適化提案
- ESG・人的資本経営に関する規程整備の主導
いずれも、従来は「時間がないから着手できなかった」領域です。
今こそ、法務部が“守り”から“攻め”へと踏み出す好機なのです。
おわりに──法務の本質は“人が考える”こと
AIはあくまで道具であり、目的は「人の知見と判断力を活かすための時間を生み出す」ことにあります。
これまで“作業”に埋もれていた法務の仕事が、AIの力を借りて再構築され、 “考える法務” “提案する法務” “共創する法務”へと進化しようとしています。
私たちが解放されたリソースを、どんな価値に変えていけるか。
それが、これからの法務部に問われている最大のテーマです。