契約書の「甲乙」の決め方
こんな組織に遭遇したことはありませんか?
営業部:「ちょっと待って。うちが甲で相手が乙だよね?」
法務部:「…はい。では改めて、第3条の責任条項ですが—」
営業部:「甲乙、間違いない?本当に?」
一方で「甲乙なんてどっちでもいいでしょ」という会社もある。
実は、「甲乙」の決め方には、その会社の「取引スタンス」や「組織文化」が如実に現れます。結論から言うと、法的には全く差がないのに、なぜか心理的・慣習的に大きな意味を持ってしまう。これが「甲乙問題」の本質です。
法務部で10年以上契約書を見てきた経験から、このような「本質的でないが無視できない問題」をいかにスマートに処理するかが、信頼される法務部員の条件だと感じています。
今回は、契約実務の現場で見えてくる「甲乙問題」の実態と、法務部としての適切な対応を整理してみました。
📋そもそも「甲乙」に法的な意味はあるのか?
結論:法的効力に差はない
まず大前提として、契約書において「甲」と「乙」のどちらが先に記載されていても、法的な効力や当事者の地位に差はありません。
民法第95条(意思表示の解釈)等をはじめとする法律では、契約当事者の記載順序について特段の定めはなく、契約の有効性や解釈に影響を与えることもありません。つまり、甲乙の順序は法的には完全に「無意味」です。
判例でも同様:最高裁判例では、当事者の記載順序に関わらず契約の有効性が認められており、甲乙の順序が争点となった事例は存在しません※1。
では、なぜこだわるのか?
法的には無意味でも、実務上は以下のような「心理的・慣習的意味」があります:
心理的優位性の表現
- 「甲」が先頭=主導的立場の印象
- 取引における主従関係の暗示
- 「格上感」の演出
社内政治への配慮
- 営業部門からの要望対応
- 経営陣の「面子」への配慮
- 稟議書類での「見栄え」重視
業界慣行・過去の経緯
- 「いつもうちが甲だから」
- 取引先との力関係の慣例化
- 契約金額の大小による慣習
🏢「甲乙」にこだわる会社の特徴
パターン1:伝統的大手(製造・金融)
特徴
- 歴史ある大企業、特に製造業
- 階層的な組織文化と内部統制重視
- 取引先との「格差」を重視
こだわる理由
- 「当社は業界のリーディングカンパニー」意識
- 下請け・協力会社との明確な上下関係
- 社内稟議・コンプライアンス文化での「体裁」重視
- 内部統制上の一貫性確保
実際の声
「株主総会で『乙』の契約書を見せるわけにいかない」
「監査法人からも体裁の統一を求められている」
パターン2:営業主導(BtoB営業・サービス業)
特徴
- 営業部門の発言力が強い
- 顧客との関係性を最重視
- 契約書も「営業ツール」かつ「信頼醸成手段」
こだわる理由
- 顧客に対する「敬意の表現」
- 営業担当の「メンツ」保持
- 次回交渉での心理的優位確保
- クライアントとの信頼関係構築の一環
実際の声
「甲乙で契約が決まることもある」
「長期取引のためには相手の気持ちも大事」
🤝「甲乙」にこだわらない会社の特徴
パターン1:合理主義的企業(IT・コンサル系)
特徴
- IT・コンサル系企業に多い
- 効率性・合理性を重視
- 形式よりも実質を追求
考え方
- 「契約の中身が重要」
- 「甲乙の順序で時間を使うのは無駄」
- 「Win-Winの関係構築が目標」
効率偏重の反面、相手先に「ぞんざい」と思われるリスクもある
実際の声
「相手に合わせて最短で契約締結」
パターン2:協業・共創重視の業界
特徴
- 双方向取引が多い業界
- パートナーシップ重視の業界
- 対等性が重要な取引
- コンソーシアム契約・共創モデル等の複雑な取引形態
考え方
- 「お互い様」の取引関係
- 長期的パートナーシップ重視
- 上下関係よりも協力関係
- 現代的な協業トレンドへの対応
実際の声
「共創プロジェクトで甲乙とか古い」
⚖️法務部としての適切な対応
基本スタンス:「実질重視、形式配慮」
優先順位
- 契約内容の適法性・妥当性 ← 最重要
- スムーズな契約締結 ← 重要
- 社内政治への配慮 ← 必要に応じて
- 甲乙の順序 ← 最後
実践的対応フロー
本質的条項合意 → ドラフト反映 → 最終調整
具体的な対応方法
ケース1:社内から「甲乙」の指定あり
「承知いたしました。ただし、相手方から異論が出た場合は
契約締結を優先させていただく場合があります。
その際は事前にご相談いたします」
理由
- 社内要望への一定の配慮
- 実務優先の姿勢明示
- 交渉決裂リスクの回避
- 再調整の可能性を事前に明示
ケース2:相手方が「甲乙」にこだわる場合
「甲乙の順序については相手方に合わせますが、
契約条項については適切に調整させてください。
なお、社内調整が必要な場合は別途ご相談させていただきます」
理由
- 本質的でない点で交渉を複雑化させない
- 重要な条項交渉に集中
- Win-Winの姿勢を示す
- 社内説明の準備時間確保
ケース3:双方がこだわる場合
1. アルファベット順(会社名の頭文字)
2. 設立年順(老舗企業が先)
3. 契約金額順(支払い側が甲)
4. 業界慣行に従う
5. じゃんけん(最終手段)
やってはいけないNG対応
「甲乙なんてどうでもいいです」
→ 社内関係が悪化、担当部門のモチベーション低下
「甲乙のために契約締結を遅らせます」
→ 本末転倒、事業機会の逸失、契約遅延リスク
「甲乙は当社が決めます」
→ 交渉関係の悪化、不要な対立、信頼関係の毀損
「甲乙逆転」が実務に与える影響
注意すべきポイント
条項の主語確認
- 「甲は乙に対して○○する」の論理的一貫性
- 権利義務関係の整合性チェック
- 損害賠償・違約金条項の確認
社内承認プロセス
- 稟議書での説明責任
- 担当部門への事前説明
- 必要に応じて理由書添付
継続取引への影響
- 次回契約での先例化
- 他部門での混乱防止
- 統一的運用の確保
💼社内稟議・承認での実用例
【ケース1】社内要望対応時の稟議書文例
【ケース2】相手方配慮時の社内説明例
【ケース3】稟議不要の場合の一文
【ケース4】各部長決裁時の例
💡法務部員への実践的アドバイス
「甲乙問題」をスマートに処理する方法
1. 事前の期待値調整
契約書作成開始時に確認:2. 相手方との初期すり合わせ
契約交渉開始時に軽く確認:3. 社内政治への配慮
本質的でないが無視もできない場合:🎯まとめ:法務部の真価は「本質」を見極めること
契約書の「甲乙」問題は、法務部の実力が問われる場面のひとつです。
重要なのは以下のバランス感覚:
- 法的無意味性の理解 – 甲乙に実質的な差がないことを正しく認識
- 実務政治への配慮 – 社内外の人間関係や慣行への適切な対応
- 本質重視の姿勢 – 契約の実効性を最優先にした判断
- 効率的な解決策 – 不要な対立や遅延を避ける調整力
「甲乙なんてどうでもいい」と突っぱねるのも、「甲乙が全て」と思い込むのも、どちらも適切ではありません。
法務部の真価は、こうした「本質的でないが無視できない問題」を、いかにスマートに処理できるかにあります。
契約の中身を詰めることに集中しつつ、関係者の期待にも適切に応える。そのバランス感覚こそが、信頼される法務部員の条件なのかもしれません。


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