意外と知らない商業登記の「現在事項証明書」と「履歴事項証明書」の使い分け
はじめに:その謄本選び、本当に正しいですか?
法務実務で日常的に扱う商業登記の証明書。多くの方が「とりあえず履歴事項証明書を取っておけば間違いない」と考えていませんか?
実は、現在事項証明書と履歴事項証明書には明確な違いがあり、用途に応じて使い分けることで業務効率と精度の両方を向上させることができます。
今回は、法務実務者の視点から、なぜこの使い分けが重要なのか、具体的にどう判断すべきかを、現場の経験に基づいて解説します。
基本の違い:「現在」vs「履歴」の決定的な差
法的根拠
商業登記規則第30条(登記事項証明書の種類及び記載事項等)に基づき、登記事項証明書は以下の4種類に分類されます:
- 現在事項証明書
- 履歴事項証明書
- 閉鎖事項証明書
- 代表者事項証明書
現在事項証明書とは
現在事項証明書は、基本的には会社の現在の登記内容が記載されている証明書です(商業登記規則第30条第1項第1号)。具体的には:
📋記載内容
- 現在効力のある登記事項
- 商号・本店の直前の変更履歴(1つ前まで)
- 役員の就任年月日
❌記載されないもの
- 3年以内でも、すでに変更・抹消された登記事項
- 過去の役員の履歴(退任済み)
- 古い商号・本店の変更履歴(2つ以上前)
履歴事項証明書とは
履歴事項証明書には、現在事項証明書に記載されている内容に加えて、基準日(請求日の3年前の年の1月1日)以降に抹消された登記内容についての情報も記載されています(商業登記規則第30条第1項第2号)。
📊記載内容
- 現在事項証明書の全内容
- 過去3年間の変更履歴
- 抹消された登記事項(役員の退任履歴など)
📅具体例(2025年7月取得の場合)
- 2022年1月1日以降の全変更履歴が記載
- 2021年12月以前の履歴は「閉鎖事項証明書」が必要
法務目線の使い分け判断基準
パターン1:【現在事項証明書】で十分なケース
✅契約締結時の相手方確認
法務的理由: 契約の有効性確保のための現在の代表者・本店所在地の特定が主目的
- 売買契約の相手方適格性確認
- 業務委託契約の締結権限者確認
- 新規取引開始時の法的主体確認
- 契約書の当事者記載に必要十分な情報
- 押印権限者の確認が効率的
- 契約審査時の基本情報として最適
✅許認可・届出書類の添付
法務的理由: 行政手続きにおける現在の法人格証明が求められているだけ
- 建設業許可申請・更新時の法人証明
- 宅建業免許関連手続き
- 各種業法に基づく届出書類
- 申請書の記載内容と登記内容の整合性
- 許認可取得主体と実際の事業主体の同一性確認
パターン2:【履歴事項証明書】が必要なケース
🔍契約相手方の信用調査・リスク評価
法務的理由: 契約履行能力・経営継続性の法的評価のため
- 短期間での頻繁な役員変更(経営体制の不安定性)
- 商号変更履歴(事業内容変更による契約条件への影響)
- 本店移転履歴(債権回収時の所在確認リスク)
🔍M&A・投資案件のリーガルデューデリジェンス
法務的理由: 取得対象の法的実体・ガバナンス体制の詳細把握
- 設立からの資本政策の変遷(株主構成の変化)
- 役員・ガバナンス体制の変化パターン
- 事業目的変更による許認可・契約への影響
- 過去の組織再編が現在の権利義務に与える影響
- 簿外債務・偶発債務の兆候となる登記変更
- コンプライアンス体制の変遷
🔍契約紛争・訴訟対応時の当事者特定
法務的理由: 法的責任の追及・権利行使の相手方確定
- 契約締結時の代表者と現在の代表者の同一性確認
- 当時の取締役への責任追及可能性の検討
- 会社分割・合併による権利義務承継関係の確認
- 商号変更による法人格の同一性立証
パターン3:【特殊なケース】の判断
代表者事項証明書の活用場面
代表者事項証明書とは、会社の現任の代表者に代表権があることを証明するための特化した証明書です。
- 会社法人等番号、商号、本店
- 代表者の役職、住所、氏名
- 代表者の資格証明書として指定された場合
- 代表権の範囲確認が主目的の場合
- 履歴事項証明書で代替可能なケースがほとんど
一部事項証明書の効率的活用
一部事項証明書は、必要な区分のみを絞って取得できる証明書です。
- 役員変更のみを確認したい場合→「役員区」のみ指定
- 資本金変更のみを確認したい場合→「株式・資本区」のみ指定
- 商号変更のみを確認したい場合→「商号区」のみ指定
- ページ数削減による確認作業の効率化
- 手数料は同額だが、必要情報に集約
大企業・複雑な組織の場合
大企業や銀行など役員の人数や変更履歴が多かった場合、履歴事項全部証明書を取得すると、枚数が何十枚になります。
- まず現在事項全部証明書で現状確認
- 必要に応じて履歴事項一部証明書(特定区分のみ)
- 特定期間の履歴が必要な場合は閉鎖事項証明書も検討
金融機関の審査対応・保証手続き
- 銀行融資: 通常は履歴事項証明書を要求される(貸付審査での経営安定性評価)
- 信用保証協会: 現在事項証明書で可の場合が多い(現在の保証対象確認)
- VC・投資家: 履歴事項証明書+閉鎖事項証明書を求められることも(投資判断での詳細分析)
- 提出先の要求仕様を事前確認
- 金融商品取引法上の開示義務との関係整理
- 保証契約における連帯保証人の資格確認
手数料・取得方法の実用的な比較
手数料(2025年7月現在)
取得方法 | 現在事項証明書 | 履歴事項証明書 |
---|---|---|
窓口申請 | 600円 | 600円 |
郵送申請 | 600円 | 600円 |
オンライン申請 | 500円 | 500円 |
重要: 1通の枚数が50枚を超える場合、その超える枚数50枚までごとに100円が加算されます
効率的な取得戦略
- 自社の履歴事項証明書を四半期ごとに取得・保管
- 主要取引先の現在事項証明書を年1回更新
- オンライン申請で即日PDF取得(法的証明力あり)
- 登記情報提供サービス(参考用・証明力なし)の併用
実務で失敗しがちな「落とし穴」3選
落とし穴1:「履歴事項証明書なら安心」の思い込み
実際の失敗例:
→ 4年前の役員変更を確認したいのに、3年分の履歴事項証明書では不十分
→ 解決策: 閉鎖事項証明書の併用が必要
落とし穴2:現在事項証明書での見落とし
実際の失敗例:
→ 現在事項証明書で代表者確認したが、実は1ヶ月前に交代していて古い情報で契約
→ 解決策: 重要な契約では取得日を契約直前に調整
落とし穴3:「全部事項証明書」vs「一部事項証明書」の混同
よくある勘違い:
全部事項証明書は全ての項目が記載され、一部事項証明書は、必ず記載される項目と、交付申請時に選択した項目のみ記載されます(商業登記規則第30条)
- 契約書審査では「全部事項証明書」が基本(全登記事項の確認必要)
- 特定の法的論点確認では「一部事項証明書」で十分(効率性重視)
- 訴訟等での証拠書類は「全部事項証明書」が安全(立証の完全性確保)
最新トレンド:電子化時代の謄本活用
オンライン申請の活用拡大
💻2025年の状況
- PDF形式での即日取得が一般化
- 「証明情報付与方式」により法的証明力あり
- 登記情報提供サービスでの事前確認が効率的
- PDF取得時の証明情報付与の確認
- 送信時の電子署名は不要(法務局側で証明情報付与)
- 印刷時の用紙指定(A4サイズ推奨)
- 謄本取得の時間短縮(数日→数分)
- 証明書の保管・管理のデジタル化
- 緊急時対応力の向上
AI・ChatGPT時代の謄本活用
🤖実践的な5ステップ活用法
1. PDF→テキスト変換
– OCRやテキスト抽出ツールでPDFからテキスト化
– ヘッダ・フッタ情報を事前に除去しておく
2. キーワード抽出・検索
– 役員変更、商号変更、本店移転 など、法務で頻出する項目をリスト化
– ChatGPTに「直近3年の役員変更のみ抽出して」とプロンプト
3. パターン検知・異常値チェック
– 役員交代の頻度や資本金変遷を時系列で並べ、
– 例:「3回以上の役員交代があった月を教えて」
– 突発的な商号変更や本店移転の有無を検知
4. リスクレポートの自動生成
– プロンプト例:「この会社の登記事項から、与信リスクの高い変遷を要約して」
– 「役員変更頻度が異常」「資本金減少のタイミングで注意」など、要点レポートを取得
5. 注意点
– 機密情報の扱いに留意し、社外不適切なデータは除外
– 最終レポートは必ず人間がチェックし、誤抽出や誤解釈を防止
上記ステップをマニュアル化し、テンプレートプロンプトと組み合わせることで、AIを使った謄本分析の再現性と精度が飛躍的に向上します。
まとめ:「適材適所」の謄本選択術
商業登記証明書の使い分けは、法務業務の効率性と精度を左右する重要なスキルです。
証明書別活用ガイド
証明書の種類 | 用途・目的 | 記載内容 | 適用場面 |
---|---|---|---|
現在事項全部証明書 | 現状確認 | 現在の登記事項全部 | 一般契約、許認可申請 |
履歴事項全部証明書 | 履歴確認・与信調査 | 現在+過去3年の変遷 | M&A、融資審査、DD |
一部事項証明書 | 特定情報の確認 | 指定した区分のみ | 効率的な部分確認 |
代表者事項証明書 | 代表権限の証明 | 代表者情報のみ | 代表者資格証明 |
閉鎖事項証明書 | 古い履歴確認 | 3年超の古い情報 | 歴史的経緯調査 |
判断フローチャート
🎯法務部のコツ
- 迷ったら履歴事項証明書(法的リスクの最小化)
- 手数料は同じなので、法的証明力で選択
- 緊急時はオンライン、平常時は計画的取得
- 契約審査では「いつ時点の情報か」を必ず確認
- 重要案件では複数種類の証明書での交差確認
この使い分けを習得することで、法務リスクを適切に管理し、より戦略的な法務業務に集中できるようになります。

生成AIを「とりあえず使ってみる」時代は終わり、今やその活用を制度としてどう整えるかが問われています。特に法務部門では、ガイドライン策定のスピードと正確性がこれまで以上に重要になってきました。
この記事では、生成AIを活用して社内ガイドラインを完全自動化するプロセスと、その背後にある多段階プロンプト設計の仕組みを解説します。従来3週間かかっていた業務を、わずか3日で完了させる——そんな未来がもう現実になっています。
法務とAIの融合がもたらす“効率化”と“リスクマネジメント”の最前線、ぜひご覧ください。
