1. はじめに：法令改正の社内伝達、本当に効率化できていますか？

法務部門の業務で地味に時間を取られるのが「法令改正の社内伝達」です。改正内容を理解することは比較的容易でも、いざ社内に説明するとなると、以下のような課題に直面します。

• 役員には「リスクと対応方針」を簡潔に、現場には「具体的な作業変更」を詳細に伝える必要がある
• 法律用語をそのまま使うと「理解できない」と言われ、簡略化しすぎると誤解や法的リスクを招く
• 毎回ゼロから文章を考えると、一つの改正で半日から一日を要することも珍しくない
• 複数部署からの同じような質問に個別対応すると、回答のブレや対応漏れが発生する

こうした課題に対し、ChatGPTを活用することで「たたき台作成」を効率化し、法務担当者は「法的精度の確認」と「実務適合性の調整」に注力できるようになります。本記事では、実務で即座に使えるプロンプトテンプレートと品質管理手法を提供します。

なお、生成AIの法務活用全般については【Claude版】法務で使える”鉄板プロンプト”10選、プロンプト設計の基礎は中級編プロンプト術で詳しく解説しています。

2. 社内伝達の4つのパターンと求められる要素

法令改正の社内伝達は、対象者と目的に応じて以下の4つのパターンに分類できます。それぞれに求められる情報の粒度とトーンが異なるため、ChatGPTへの指示も最適化する必要があります。

これらのパターンを意識してプロンプトを設計することで、ChatGPTから適切な粒度の出力を得られます。

3. ChatGPTで8割自動化｜パターン別プロンプト完全版

以下に提示するプロンプトは、そのままコピー&ペーストして使用できる実務検証済みのテンプレートです。【改正内容】部分に該当する法令改正の概要を貼り付けてください。

🔧 パターン1：現場向けマニュアル用プロンプト

📈 パターン2：役員向けレポート用プロンプト

💌 パターン3：全社メール用プロンプト

🤔 パターン4：FAQ生成用プロンプト

プロンプト運用のポイント：これらのテンプレートは社内共有フォルダやWikiに保存し、法務部内で標準化することをおすすめします。定期的に使用結果をフィードバックし、自社の用語や表現スタイルに合わせてカスタマイズすることで、出力品質が向上します。

プロンプト設計の応用テクニックについては多段階プロンプト設計法も参考になります。また、AI活用の全体的な導入ガイドはAIを導入するなら法務はどこに関与すべきか？リスクレビュー体制の作り方をご覧ください。

4. 実践例：2025年育児介護休業法改正での活用

📝 改正内容の概要（2025年4月1日施行分）

2024年5月に成立した育児介護休業法等の改正法が、2025年4月1日から段階的に施行開始されました。主な改正内容は以下のとおりです。

• 子の看護等休暇の拡充：対象が「小学校就学前」から「小学校第3学年修了まで」に延長
• 取得事由の追加：感染症等に伴う学級閉鎖等、入園（入学）式・卒園式が取得事由に追加
• 所定外労働の制限対象拡大：3歳未満から「小学校就学前の子を養育する労働者」まで拡大
• 育児休業取得率公表義務の拡大：従業員数300人超1,000人以下の企業にも公表義務が拡大

出典：厚生労働省「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内」（PDF）

🎯 ChatGPT出力例（パターン1：現場向け）

上記の改正内容をパターン1のプロンプトに入力した結果、以下のような出力が得られました。

⚖️ 法的精度チェックの実施例

上記の出力に対し、以下の観点でチェックを実施します。

このケースでは、ChatGPTの出力は法的に正確であり、現場向けの実務案内として十分な品質でした。このような場合は、問合せ先の内線番号など自社固有情報を追記するのみで使用できます。

⚠️ チェックで修正が必要だった例

別の出力例では、以下のような誤りが含まれていました。

このように、ChatGPTは時として法的に不正確な情報や、異なる制度の情報を混同することがあります。後述する「2段階チェック」を必ず実施してください。

5. 法務が守るべき2段階チェック体制

ChatGPTの出力は「優秀な下書き」ですが、法的責任を伴う文書として使用するには、必ず人間による確認が必要です。以下の2段階チェックを推奨します。

🔍 チェック1：法的表現の精度確認

ChatGPTは自然な文章を生成しますが、法的に厳密な表現については誤りや曖昧さが含まれる可能性があります。以下の3点を重点的に確認してください。

• 「必須」vs「原則」の使い分け：法令上の義務と努力義務の区別が正確か
• 施行日・経過措置：いつから適用されるか、経過措置の有無が正確か
• 例外規定の有無：原則に対する例外や適用除外が漏れていないか

確認方法：e-Gov法令検索や官庁の公式資料と照合し、特に条文番号、施行日、対象範囲を原文で確認します。疑義がある場合は、顧問弁護士や社労士に照会することを推奨します。

🔄 チェック2：リバースチェック法による実務性検証

法的に正確でも、実務で使いにくい説明では意味がありません。「リバースチェック法」で実務適合性を検証します。

リバースチェック法の手順：

1. 生成された説明文を、実際の対象者（現場担当者や同僚など）に見せる
2. 「これを読んで何か質問はあるか」「実際に対応できそうか」を尋ねる
3. 出てきた質問や疑問点を記録する
4. 質問が出た箇所＝説明不足または誤解を招く表現として、文章を改善する

実務での活用例：育児介護休業法改正の現場向け説明文について、人事部の担当者に確認したところ「勤続6か月未満の廃止って、今まで取れなかった人が取れるようになるってこと？」という質問が出ました。この反応を踏まえ、「従来は勤続6か月未満の方は対象外でしたが、4月からはこの制限が撤廃されます」という補足を追加しました。

このように、法的精度と実務性の両面からチェックすることで、ChatGPTの出力を実務で使えるレベルに引き上げることができます。

6. プロンプト活用の実務TIPS

💡 TIPS 1：社内用語のカスタマイズ

自社で使用している用語や表現スタイルを事前にChatGPTに伝えることで、より自然な文章が生成されます。

• 「労働者」→「従業員」に統一
• 「申請」→「届出」に統一
• 部署名や役職名の正式名称を明示

プロンプト例：

💡 TIPS 2：段階的施行への対応

2025年の育児介護休業法改正のように、4月と10月の二段階施行の場合は、プロンプトで明示的に分けて説明させます。

💡 TIPS 3：チェックリスト化

法改正対応のタスク管理にもChatGPTを活用できます。

💡 TIPS 4：ナレッジ共有

ChatGPTの出力をPDF化し、コメントを加えて社内ナレッジベースに登録することで、次回以降の改正対応がスムーズになります。特に以下の情報を蓄積すると有用です。

• 使用したプロンプトと出力結果
• 修正が必要だった箇所とその理由
• 社内から寄せられた質問と回答
• 対応完了までにかかった時間

AI時代のコンプライアンス体制構築についてはAI時代のコンプライアンス体制構築：多段階プロンプト設計による現状診断から改善実装までも参考にしてください。

7. よくある質問（FAQ）

Q1: ChatGPTで法令改正の伝達文を作成する際、最も注意すべきポイントは何ですか？

A: 最も重要なのは「法的精度のチェック」です。ChatGPTは自然な文章を生成しますが、施行日、対象範囲、例外規定などの法的詳細について誤りを含む可能性があります。必ず原文の法令や官庁資料と照合し、特に「必須」と「原則」の使い分け、施行日や経過措置の正確性を確認してください。

Q2: プロンプトをカスタマイズする際のコツはありますか？

A: 自社の用語や表現スタイルを事前にChatGPTに伝えることが効果的です。例えば「労働者」を「従業員」と呼ぶ、「申請」を「届出」と表現するなど、社内の慣用表現を明示すると、より自然な文章が生成されます。また、対象読者の知識レベルや職種を具体的に指定することで、適切な粒度の説明が得られます。

Q3: 育児介護休業法改正など、段階的施行の法令への対応方法は？

A: 2025年4月と10月の二段階施行のように、段階的施行の場合は、プロンプトで「第一段階（4月施行）と第二段階（10月施行）を分けて整理してください」と明示します。これにより、各段階で必要な対応と準備期間を明確化でき、社内への段階的な周知が可能になります。

Q4: 生成された文章の品質を確認する「リバースチェック法」とは何ですか？

A: リバースチェック法は、生成された説明文を実際の対象者（現場担当者や同僚など）に見せて「これで実務が回せるか」を確認する手法です。出てきた質問や疑問点が、説明不足箇所や誤解を招く表現を特定する重要な指標となります。この反応を踏まえて文章を改善することで、実務で本当に使える伝達文が完成します。

Q5: ChatGPTを使った法令改正対応で、絶対に避けるべきことは？

A: 最も避けるべきは「最終的な法的判断をChatGPTに任せること」です。ChatGPTは優れた下書きツールですが、法的責任を負うことはできません。また、機密情報や個人情報を直接入力することも厳禁です。必ず抽象化・仮名化した情報で利用し、出力結果は必ず法務担当者が法的妥当性を確認する体制を整えてください。

生成AIの利用ガイドライン策定については生成AI利用ガイドライン策定の完全自動化も参考になります。