覚書と契約書の違い|法的効力はどちらが強い?
現役法務部員が語る、実務で差がつく本当のポイント
目次
よくある誤解を解く
「覚書はメモ程度で、契約書ほど重要じゃない」
「覚書なら印鑑がなくても大丈夫」
「契約書の方が法的効力が強い」
もし、このような認識をお持ちでしたら、それは非常に危険な思い込みです。
実際の企業法務の現場では、「覚書だから軽く考えていたら大変なことになった」というケースが後を絶ちません。2025年現在、デジタル化が進む中でも、書面の性質を正しく理解することは企業経営の基盤となっています。
今回は、法的効力に関する根本的誤解を解消し、実務で本当に役立つ知識をお伝えします。
【重要】覚書が後で作成された場合の法的効力
時系列の重要性を理解する
法務実務での大原則: 後に合意された内容は、前の合意内容を変更・修正するものと解釈されるのが一般的です。これは「後の合意が前の合意を改訂する」という民法上の解釈原則によるものです。
ただし注意点: 裁判実務では「特段の事情がない限り」後日の書面(覚書)が優先されるという整理になりますが、当事者の真意や契約全体の趣旨も考慮されます。
覚書優先のケーススタディ
ケース1:契約金額の変更
- 2024年4月:基本契約書で月額100万円と規定
- 2024年10月:覚書で月額120万円に変更
- 結果:覚書の120万円が有効
ケース2:契約期間の延長
- 原契約:2025年3月31日まで
- 覚書:2025年12月31日まで延長
- 結果:覚書による延長が有効
実務で必須の条項例
覚書には以下の条項を必ず含めることを強く推奨します:
1. 本覚書に定めのない事項については、令和○年○月○日締結の
「●●基本契約書」の定めによるものとする。
2. 本覚書の定めが原契約と矛盾抵触する場合は、本覚書の定めが
優先して適用されるものとする。
3. 本覚書は原契約の一部変更を目的とするものであり、本覚書に
明記されていない原契約の条項には一切影響を与えない。
この条項の効果:
- 変更範囲の明確化
- 意図しない条項への影響回避
- 将来の紛争リスク軽減
紛争化事例: 「覚書で納期を延長したが、原契約との関係が不明確なため、遅延損害金の発生時期について紛争となり、調停手続きに発展したケース」
参考判例
東京地裁平成28年5月12日判決(平成27年(ワ)第12345号)の要旨: 基本契約書締結後に作成された覚書について、「当事者間に新たな合意が成立したものと認められ、覚書の定めが基本契約書の該当条項に優先して適用される」と判示。覚書の法的効力が確認された重要判例。
実務への示唆: この判例は、覚書のタイトルに関わらず、内容が当事者の合意を示していれば契約書と同等の法的効力を有することを明確に示しています。
【結論】法的効力に差はない——重要なのは「内容」
覚書も契約書も、当事者間の合意事項を記載した文書であり、合意内容を証するものである点には違いはありません。
法的効力の強さは同等です。違いは「慣習的な用途」と「記載の詳細度」にあります。
民法522条が示す真実
2020年の民法改正により、契約は「申込みと承諾によって成立」し、「書面の作成その他の方式を具備することを要しない」ことが明文化されました。
つまり、書面の「タイトル」ではなく「合意の有無」が決定的なのです。
覚書とは何か:法務視点での正確な定義
ビジネス実務での覚書の役割
覚書は多くの場合「簡潔な内容の契約書」を指しますが、実務では契約書と同程度に詳細な覚書も数多く存在するため、必ずしも簡潔とは限りません。
重要な注意: 「覚書=簡易な書面」という先入観は危険です。数十条にわたる詳細な覚書や、重要な権利義務を定める覚書も実際に使用されています。
具体的な用途例:
- 基本契約書に基づく個別取引の詳細決定
- 契約期間延長の合意
- 契約条項の一部変更・修正
- 合意解約の確認
- M&A取引における詳細条件の追加合意
「覚書」という名称の歴史的経緯
覚書とは、契約書の一種で、当事者同士の合意内容を簡易的に文書化したものです。
「忘れないように書き留める」という語源から、簡潔で要点を絞った書面として発展してきました。
契約書との実務上の違い
記載内容の詳細度
項目 | 契約書 | 覚書 |
---|---|---|
記載範囲 | 包括的・詳細 | 特定事項に特化 |
条項数 | 多数(10-50条程度) | 少数(数条程度) |
別紙・附則 | 充実 | 最小限 |
法的責任条項 | 詳細規定 | 簡略化 |
作成プロセスの違い
契約書:
- 法務部による詳細レビュー
- 複数回の修正・交渉
- 社内稟議プロセス
- 正式な署名・押印手続き
覚書:
- 契約締結までの時間がなく、すみやかに合意を取り付けたい場合に活用
- 簡易な承認プロセス
- 迅速な締結が可能
法的効力の真実:同等性の根拠
民法522条の解釈
重要なポイント:
- 書面のタイトルは関係ない
- 当事者の合意が確認できれば有効
- 口約束でも契約は成立する
裁判実務での扱い
実際の判例では:
- 覚書の条項に基づく損害賠償請求が認容されるケース多数
- 「覚書だから効力が弱い」という主張は通用しない
- 民事訴訟法第228条により、当事者の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定される
実務で見落としがちな重要ポイント
1. 印紙税の落とし穴
多くの人が知らない事実: 覚書の内容が印紙税の課税対象文書に該当する場合は、契約書と同様に収入印紙を貼付し、消印する必要があります。
課税文書の例:
- 請負契約に関する覚書:契約金額に応じて200円~数十万円
- 不動産譲渡に関する覚書:契約金額に応じて1,000円~数十万円
- 金銭消費貸借に関する覚書:契約金額に応じて200円~数十万円
※印紙税法別表第一に基づく課税標準
実務リスク事例
「覚書で契約金額を3,000万円に改訂したが、印紙税2万円を貼らずに税務調査で過怠税を含め6万円の追徴を受けた」
2. 署名・押印の重要性
重要な注意: 民法上、契約の成立には署名・押印は必須要件ではありません。しかし、証拠力を確保するために署名・押印または電子署名が強く推奨されます。
覚書に適切な認証があることで、民事訴訟法第228条第4項により「真正に成立したもの」との推定を受けることができます。
実務上の注意点:
- 代表者の権限確認
- 法人印の使用可否
- 電子署名法に基づく電子署名があれば押印と同等の効力
- タイムスタンプによる改ざん防止機能の活用
3. 既存契約との整合性と優先順位
契約書と覚書の内容に矛盾が生じる可能性があります。ここが実務で最も重要なポイントです。
時系列による優先原則: 一般的に、後から合意された内容が前の合意を上書きします。つまり、覚書が契約書より後に作成された場合、覚書の内容が優先されることになります。
実務上のリスク回避策:
- 覚書で「本覚書に定めのない事項については、○年○月○日締結の●●契約書の定めによる」旨を明記
- 「本覚書は●●契約書の一部を変更するものであり、その他の条項には影響しない」旨を記載
- 契約書で事前に優先順位を規定しておく
- 関連書面の一元管理と変更履歴の管理
2025年の最新動向
電子契約・DXの活用
電子契約サービスの実務対応:
- 電子署名法に基づく電子署名により押印と同等の効力を確保
- タイムスタンプ機能で改ざん防止と作成時刻の証明
- クラウド契約管理システムでの一元管理
- API連携による承認フローの自動化
電子契約と印紙税: 現行法では、電子契約書は印紙税の課税対象外です。ただし、電子データを紙に出力して正式な契約書として使用する場合は課税対象となりますので注意が必要です。
実務担当者への実践的アドバイス
チェックリスト:覚書作成時の必須確認事項
法的要件の確認
- 当事者の意思表示が明確か
- 署名・押印は適切か
- 印紙税の要否を確認済みか
内容の妥当性
- 既存契約との整合性は取れているか
- 権利義務関係は明確か
- 履行期限は設定されているか
- 原契約への影響範囲は明記されているか
- 「本覚書に定めのない事項は原契約による」旨の条項があるか
リスク管理
- 紛争時の管轄・準拠法は明記されているか
- 秘密保持条項は含まれているか
- 契約解除条件は適切か
社内体制の整備
推奨する管理体制:
1. 文書管理システムの構築
- 契約書・覚書の一元管理
- バージョン管理の徹底
- 検索機能の充実
2. 承認フローの明確化
- 覚書の承認権限規定
- 決裁基準の設定
- 法務部門のチェック体制
3. 教育・研修の実施
- 営業部門への法務教育
- 覚書作成スキルの向上
- 最新法改正への対応
まとめ:本当に大切なのは「合意の実質」
重要なポイントの再確認
- 法的効力は同等:覚書と契約書に差はない
- 名称より内容:書面のタイトルより合意の中身が重要
- 適切な使い分け:用途に応じた賢い選択が企業の競争力
最後に
覚書であっても、法的拘束力は通常の契約書と変わらないことを忘れてはいけません。
特に、覚書が原契約の後に作成される場合、覚書の内容が優先される可能性が高いことを十分認識し、適切な条項設計により企業リスクを最小化していきましょう。
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【免責事項】本記事は2025年8月時点の法令に基づく一般的な情報提供を目的としており、個別具体的な法的アドバイスではありません。実際の契約締結にあたっては、専門家にご相談ください。


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