常駐請負は違法か?最新ガイドラインと労働局の見るポイント(2025年版)
SESの常駐や一人常駐が偽装請負に当たらないか、法務・人事が押さえるべき実務ポイントを解説します。作成日:2025-08
はじめに:あなたの身近に潜む偽装請負リスク
「うちの会社、SESでエンジニア常駐してもらってるけど、大丈夫だよね?」「業務委託で一人だけ常駐させているけど、違法じゃないよね?」──こうした不安を持つ法務・人事担当者は多いでしょう。実は、形式上は業務委託でも、運用実態によっては「偽装請負」として違法になる可能性があります。
万が一偽装請負と判断されれば、企業名公表、直接雇用義務の発生、刑事罰のリスクまであり得ます。2025年現在、監督当局による監督・摘発は依然として活発で、請負の形式を取りながら実態が派遣に該当すると判断された事案では、労働者派遣法上の無許可派遣や職業安定法、各種行政処分(指導・是正勧告・企業名公表等)、最終的には労働契約申込みみなし(派遣法40条の6)の問題を招くおそれがあります。
判例のポイント:約18年間にわたり偽装請負の実態が続いた事案で、発注者にみなし申込みの適用を認めた大阪高裁(東リ事件:令和3年11月4日判決)は、企業側に対する強い警鐘となっています。※判旨の詳細や確定状況は判例集等で確認してください。
本稿は、身近な業務委託が違法な偽装請負にならないよう、法務・人事担当者が押さえるべき判断基準と実務的対策を整理したものです。
1. 偽装請負とは何か?基本的定義の整理
1.1 偽装請負の法的定義
偽装請負とは、契約形態が業務委託(請負)であるにもかかわらず、発注者が労働者へ直接指示するなど実態が労働者派遣に相当する状態をいいます。問題となる法的根拠は主に 労働者派遣法 および 職業安定法 です(具体的判断は37号告示や厚生労働省ガイドを参照し、個別の事実関係に基づく実態判断となります)。
1.2 請負と労働者派遣の根本的違い
- 注文主と請負業者の労働者の間に指揮命令関係が生じない
- 仕事の完成(成果)が義務であり、成果物に対して報酬が支払われる
- 業務遂行方法は請負業者が決定する
- 派遣先企業が派遣労働者に直接指揮命令を行う
- 労働力そのものを提供する形態
- 派遣法の規制が適用される
1.3 37号告示による判断基準
「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号)は行政告示であり、実務上の判断基準となります。重要なのは、37号告示はあくまで行政指針であって法令そのものではなく、個別事案は総合的な事実認定で裁判所等が判断する点です。厚生労働省はQ&A形式の疑義応答集やガイドを公表しており、実務判断に役立ちます。
1.4 労働契約申込みみなし制度(派遣法40条の6)
偽装請負が認定された場合の重要な効果に、労働契約申込みみなし制度があります。発注者が派遣法等の適用を免れる目的で請負等を用いたと認められる場合、発注者がその従業員に労働契約の申込みをしたものとみなされる制度です。
ポイント:
- 単に運用が類似しているだけではなく、「法の適用を免れる目的」があるかが争点となる。
- 裁判例では、継続性・組織的態様が認められると目的を推認しうる(東リ事件等)。
- みなしが成立すると、みなし発生日から1年以内に従業員が承諾すれば直接雇用関係が成立する可能性がある(善意無過失の抗弁あり)。
2. 2025年最新:労働基準監督署が重点チェックする項目
2.1 指揮命令関係の実態確認
監督・立入検査は、担当法令に応じて都道府県労働局(需給調整部門)や労働基準監督署が実施します。労働者派遣法・職業安定法に関する監督は主に都道府県労働局が担当し、労働基準法に関する労働時間・賃金等の調査は労働基準監督署が担当します。実務上は両者が連携して調査を行うことが多いため、対応では両機関の視点を踏まえる必要があります。
❌ 違法とされる典型例
- 発注者が受託者の労働者に直接業務指示をしている
- 具体的な作業手順・作業順序を日常的に指示している
- 労働時間・休憩時間・欠勤対応を発注者が直接管理している
- 出退勤時間の指定・管理を発注者が実務上行っている
✅ 適法な範囲と技術指導の限界(線引き)
技術的な説明・操作指導が一律に偽装請負となるわけではありません。助言の具体度・常態性が判断要素です。
- 適法な例:新設備の操作方法を一度説明する等、単発かつ一般的な操作説明。
- 違法な例:日常的に作業手順・工程を逐一指示する場合、毎日の出退勤を発注者が管理する場合。
- グレーゾーン:単発の操作説明は許容されやすいが、継続的な手順指示は違法性が高まる。
2.2 一人常駐における実態重視の判断
一人常駐案件は疑義が生じやすく、労基署・労働局は受託者が実際に管理責任を果たしているかを証拠で確認します。名目上の管理者だけでは不十分で、指示・評価・報告の記録を重視します。
高リスクと判断されやすいケース(要改善)
- 受託者の管理責任者が選任されていない、または形骸化している
- 委託者が受託者の労働者の人数を「一人」に指定している
- 管理命令の記録や指揮系統を示す文書が存在しない
- 受託者による評価・指導記録が不十分である
適法性を示すために必要な証拠
- 受託者の管理責任者による指示・指導の記録
- 受託者内部での報告・相談体制の文書化
- 委託者との窓口が管理責任者に限定されている証拠
- 定期的な業績評価・指導面談の記録
2.3 SES契約特有のリスクポイント
スキルシートの提出・面接の扱い
- 委託者が面接や面談を通じて特定の作業者を指名したり、実質的な選考を行うと違法リスクが高まる。
- 単なる「顔合わせ」は一般に許容されるが、発注者が合否判定や指名を行うプロセスは危険である。
勤怠管理の責任分担
原則、勤怠管理は受託者が行うべきですが、委託者が始業終業時刻を「指定」するだけで直ちに違法とは限りません。重要なのは頻度・強制性・実態管理の程度です(タイムカードの取扱い、欠勤対応等)。
3. 労働基準監督署調査の実態と流れ
3.1 調査のトリガー
- 労働者からの申告・通報(最も多いトリガー)
- 定期監督(計画的調査)
- 労働災害発生時の事後調査
- 関係機関や第三者からの情報提供
3.2 調査の具体的流れ(実務目線)
- 立入(原則、事前通告なし)
- 帳簿・書類の確認(契約書・作業報告・勤怠・メール等)
- 関係者ヒアリング(委託者・受託者・作業者)
- 総合判断 → 指導・是正命令等の行政措置
3.3 是正指導の段階的措置と実務対応
指導の種類
- 指導票:法令違反は認められないが改善が必要
- 是正勧告書:法令違反が認められ、期限付きの是正要求
- 使用停止等命令書:緊急性があり法的拘束力を伴う場合
是正指導を受けた場合の具体的初動(実務)
- 外部の労働法専門弁護士と即時連携する
- 証拠保全(関連書類・メール・ログ等)の実施
- 社内緊急対策会議の開催(法務・人事・事業部)
- 改善計画書の迅速作成・提出
- 全社への注意喚起と類似案件の洗い出し
4. 偽装請負の法的リスクとペナルティ
4.1 企業側に生じるリスク
行政処分:是正勧告、企業名公表、業務停止命令等(派遣法に基づく処分)
労働契約申込みみなし制度:みなし適用により直接雇用関係が発生し得る(賃金請求等の民事リスク)
刑事罰:無許可派遣や職業安定法違反で刑事罰(罰金・懲役)の対象になる可能性
注:罰則の具体的内容は違反類型により異なります。例えば職業安定法関連の違反では罰則(懲役・罰金等)が定められているケースがありますが、違反類型(無許可派遣・禁止業務・供給行為等)ごとに条項・罰則が異なります。外部に公表する文書や社内法務判断では、該当条文を明示した上で表現してください。
4.2 企業名公表のリスク(事業リスク)
- 信用失墜
- 優秀人材の採用難
- 取引先からの信頼低下
- 上場企業の場合は株価影響も想定される
5. 適法な業務委託を行うための実務対策
5.1 契約書設計のポイント(必須条項の具体例)
(管理責任者の設置)
受託者は本契約に基づく業務の遂行に際し、常時当該業務を統括する管理責任者(氏名・連絡先)を選任し、管理責任者が受託者の従業員に対する作業指示、勤怠管理、品質検査等の管理責任を負うものとする。受託者は管理責任者の交代があった場合、事前に委託者に書面で通知するものとする。
(委託者による直接指示の禁止)
委託者は、受託者の従業員に対し、当該従業員の業務遂行方法に関する具体的な指示(開始・終了時刻の指定、日々の作業手順の詳細指定、作業順序の変更命令等)を行ってはならない。万一、委託者が当該行為を行った場合には、委託者は直ちにその是正措置を講じるものとし、当該行為により受託者または受託者従業員に生じた損害を賠償するものとする。
(検収・成果物の明確化)
本業務は成果物(別紙仕様書A)に基づき遂行される。受託者は成果物の完成及び受領後に請求可能とし、日々の時間管理や出退勤の管理は受託者が行うものとする。
※上記は典型例です。個別事案に応じて条文調整が必要です。過度に禁止条項を入れると現場運用が硬直化するため、受託者との合意のもと調整してください。
5.2 運用面での注意事項
- 受託者の管理責任者を経由した指示
- 直接的な労務管理の回避
- 業務に関する連絡は受託者窓口経由
- 管理責任者の明確な設置
- 作業者への指揮命令責任の履行
- 委託者との適切な距離感の維持
5.3 一人常駐を適法に行う方法(要件)
- 受託者による確実な管理体制の構築(記録で示せること)
- 委託者による人数指定の禁止
- 定期的な管理状況の確認・記録(例:月次面談)
6. 労働基準監督署調査対応:証拠準備と対応フロー
6.1 労働基準監督署に見せるべき「証拠リスト」
6.2 労働基準監督署への説明フロー(時系列で提示する)
- 契約の提示(請負契約書・SOWをまず提出)
- 受託者の組織図・管理体制の提示(管理責任者の職掌)
- 賃金支払・社会保険手続の提示(給与明細・加入状況)
- 指示・指揮の実態を示す資料(メール・チャットログ、朝礼議事録等)
- 検収・成果物確認(検収票・受領サイン)
→ これらを時系列フォルダで整理して提出できるようにしておくと、是正勧告段階で説明が有利になります。
7. チェックリスト:自社の業務委託は大丈夫?
7.1 契約段階のチェック項目
- □ 契約書に業務の具体的内容が明記されているか
- □ 指揮命令系統が受託者内部で完結しているか
- □ 成果物または業務範囲が明確に定義されているか
- □ 受託者の管理責任が明記されているか
- □ 労働時間管理の責任分担が明確か
7.2 運用段階のチェック項目
- □ 委託者が作業者に直接指示していないか
- □ 勤怠管理を委託者が行っていないか
- □ 作業場所・時間を委託者が決定していないか
- □ 受託者の管理責任者が実質的に機能しているか
- □ 技術指導の範囲を超えた指示をしていないか
7.3 緊急度判定
即座に改善が必要(高リスク)
- 委託者が作業者に日常的に直接指示している
- 委託者が勤怠を直接管理している
- 一人常駐で管理者が形骸化している
早急な検討が必要(要改善)
- 契約書の内容と実態が乖離している
- 受託者管理者が形骸化している
- 技術指導の範囲が不明確である
8. 今後の動向と対応策
8.1 規制強化の背景
- デジタル化によるモニタリング強化(ログ解析等)
- 内部通報制度の拡充と活用の促進
- 同業他社摘発が連鎖的に調査につながるリスク
8.2 持続可能な業務委託体制の構築
組織体制
- 法務・人事・事業部の連携強化
- 定期的なコンプライアンス研修
- 外部専門家との連携体制
モニタリング体制
- 定期的な契約・運用の見直し
- 現場実態の継続的把握(ログ・定期面談)
- 早期発見・早期改善の仕組み
ChatGPT(AI)活用例
以下は法務・人事の実務で使える ChatGPT(日本語) の活用例とサンプルプロンプトです。AIはあくまで「一次案」の作成や業務効率化に有効です。最終的な法的判断・対外文書は必ず弁護士がチェックしてください。
注意(必読)
AIの出力は一次草案・補助ツールです。個別事案の法的結論や対外的な説明文は必ず労働法専門の弁護士が最終チェックを行ってください。機密情報や個人情報は投入しないでください。
活用例 1:契約(SOW)チェックリストの自動生成
プロンプト(例):
以下にSOWを貼ります。37号告示・派遣法の観点で「リスクのある記載」「改善案」「必要な証拠」を表形式で出力してください。出力は業務担当者向けに簡潔に。
活用例 2:契約条項(管理責任者条項)の複数案生成と比較
プロンプト(例):
「受託者の管理責任者条項」を①簡潔案 ②標準案 ③厳格案の3案で作成し、それぞれの「長所・短所・運用注意点」を示してください。
活用例 3:是正計画書の下書き作成
プロンプト(例):
労基署からの指摘(箇条)を以下に示します。『背景→原因分析→是正措置→実施スケジュール→再発防止策』のフォーマットで改善計画案を作成してください。
活用例 4:労基署ヒアリング想定のロールプレイ
プロンプト(例):
あなたは労基署の調査官役、私は企業法務です。管理責任者の業務実態について調査官が想定質問を10件作成し、それぞれの模範回答例を示してください。
活用例 5:社内研修スライドの要点整理
プロンプト(例):
「偽装請負の基礎と現場での注意点」を15分研修用に8スライド分(見出し+要点)で作成してください。現場管理者向けに短く明確に。
活用例 6:テンプレ化してワークフローに組み込む
よく使うプロンプトをテンプレ化し、社内でプロンプトライブラリを管理すると再現性が高まり便利です。出力フォーマット(表/箇条/スケジュール)を固定しておくと、社内での利用が安全かつ効率的になります。
実務上の運用ルール(推奨)
- AIは一次案作成に限定し、対外文書や最終決定は弁護士が確認すること。
- 機密・個人情報はマスキングして入力する(氏名やIDは仮名化)。
- 生成された条項や計画は必ず社内規程や実態に合わせて修正すること。
まとめ:予防こそ最大の対策
偽装請負は「知らなかった」では済まされない重大な法令違反です。形式的な契約書だけでなく、現場の実態(指揮命令関係・勤怠管理・選定プロセス)を点検し、証拠を残すことが企業防御の基本になります。
優先アクション:
- 契約設計の見直し(37号告示に準拠した適法な契約書)
- 運用実態の点検(現場の指揮命令関係の定期チェック)
- 継続的なモニタリング(法令遵守体制の構築)
- 早期対応(問題発見時の迅速な改善措置)
※本記事は2025年8月時点の法令・ガイドラインに基づいて作成しています。個別事案の法的結論は事実認定により異なりますので、具体的事案は労働法に詳しい弁護士等の専門家にご相談ください。
参考資料
- 労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示) — 厚生労働省
- 労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド(PDF) — 厚生労働省
- 37号告示 疑義応答集(Q&A) — 厚生労働省
- 労働契約申込みみなし制度(派遣法第40条の6)に関する解説資料 — 厚生労働省
- 東リ事件(大阪高裁 令和3年11月4日判決) — 判旨・実務解説(判例集等を参照してください)

