私は企業法務として、これまで数百件の業務委託契約をレビューしてきました。

断言します。この「どこまで直すか問題」は、あなただけが悩んでいるわけではありません。

そして、この問題には明確な「型」があります。

本記事では、損害賠償条項を題材に、契約交渉の判断基準となる「防衛ライン(100/70/0点)」という考え方をお伝えします。次のレビューから使える内容です。

「上限なし」が危険な3つの理由

まず、冒頭の条文の何が問題かを整理します。

理由①:「一切の損害」に上限がない

報酬100万円の案件で、相手の事業損害が1億円と主張されたら? 理論上、1億円の請求が可能になります。報酬と責任のバランスが完全に崩れています。

理由②:「逸失利益」が含まれている

逸失利益とは「得られるはずだった利益」。民法416条2項の「特別損害」に該当することが多く、相手の見込み売上など際限なく膨らみうる損害です。これを賠償範囲に含めると、リスクが予測不能になります。

理由③:責任の”重さ”にメリハリがない

軽いミス(軽過失)と重大な落ち度(重過失)で、同じ責任を負う建て付けだと、受託者側のリスクが読めません。実務では、少なくとも「故意・重過失の場合は上限適用外」のようにカーブアウト(除外規定)を設ける落としどころが一般的です。

では、どう修正すればいいのか。

損害賠償条項の”防衛ライン”

契約交渉には、3つの基準点があります。

100点
(理想)
自社に最も有利。交渉のスタート地点として提示
70点
(現実解)
「ここまでなら飲める」ライン。交換材料として使う
0点
(NG)
これを超えたら契約しない。絶対防衛ライン

損害賠償条項に当てはめると、こうなります。

理想の条文(受託者有利型)

100点|理想案 最初の提案に
第○条(損害賠償) 1. 甲又は乙は、本契約に違反し、相手方に損害を与えた場合、相手方に対し、 現実に発生した通常損害(民法第416条第1項)に限り、これを賠償する 責任を負う。逸失利益及び特別損害(民法第416条第2項)は、予見の 有無を問わず、賠償の範囲に含まれないものとする。 2. 前項の損害賠償の総額は、債務不履行、契約不適合責任、不法行為その他 請求原因の如何を問わず、本契約に基づき甲が乙に支払った報酬の総額 (継続的契約の場合は、損害発生日から遡って12か月間に支払った報酬の 総額)を上限とする。 3. 前2項にかかわらず、故意又は重大な過失による場合、秘密保持義務違反 の場合、及び第三者の知的財産権侵害の場合は、本条の制限は適用されない。
ポイント
  • 「通常損害」に限定し、民法416条1項を明記
  • 逸失利益・特別損害を「予見の有無を問わず」除外
  • 上限=報酬総額(継続契約は12か月)
  • カーブアウト:故意重過失・秘密保持・知財侵害

これが通れば最高ですが、相手も法務がいれば「それは厳しい」と言われるでしょう。

現実的な落としどころ(バランス型)

70点|現実解 多くの交渉で着地
第○条(損害賠償) 1. 甲及び乙は、本契約に起因し又は関連して一方当事者が他方当事者に対して 負担する損害賠償責任は、本契約に基づく報酬の総額を上限とすることに 合意する。 2. 前項にかかわらず、次の各号に該当する場合は、前項の上限は適用されない。 (1) 故意又は重大な過失による場合 (2) 秘密保持義務又は個人情報保護義務に違反した場合 (3) 第三者の知的財産権を侵害した場合 (4) 法令により本条の責任限定が許されない範囲 3. 甲及び乙は、本契約に関して相手方に生じた逸失利益及び特別損害 (民法第416条第2項)については、予見の有無を問わず、賠償する責任を 負わない。ただし、前項各号に該当する場合は、この限りでない。
ポイント
  • 上限=報酬総額(双方に適用でバランス)
  • カーブアウトが詳細(秘密保持+個人情報+知財+法令)
  • 逸失利益・特別損害は除外(但しカーブアウト事由は除く)
  • 上限を報酬の2〜3倍に引き上げる交渉も現実的
実務では、秘密保持違反・個人情報事故・知財侵害などは、上限の適用外とする修正が入ることが多いです。判例(東京地判平26.1.23)でも、重過失がある場合に上限条項の適用が否定された例があり、「故意・重過失」のカーブアウトは条項全体の有効性を確保する意味でも重要です。

絶対に受け入れてはいけない条文

【受託者】以下のいずれかが含まれていたら、修正を求めてください

  • 損害賠償の上限規定がない(青天井リスク)
  • 「一切の損害」「すべての損害」という文言
  • カーブアウトに「法令違反」が含まれる(上限が空文化する恐れ)
  • 受託者のみが賠償義務を負う片務的な構造

【委託者】以下のいずれかが含まれていたら、要注意

  • 上限が報酬額未満(損害回収が不十分になる)
  • 間接損害が完全除外で、カーブアウトもない
  • 故意重過失のカーブアウトがない

相手から「上限なし」で来たときの返し方

実際の交渉では、こう伝えます

「損害賠償条項について、弊社のリスク管理上、上限を設定させていただいております。

報酬と比較してリスクが不均衡ですと、軽過失でも無限責任を負うことになり、そもそも受託が困難になります。

本契約に基づく報酬額を上限とする形でご検討いただけますでしょうか。なお、故意・重過失の場合は上限適用外とする旨を加えることも可能です」

ポイントは「理由」と「代案」をセットで出すこと。
「嫌です」だけでは交渉になりません。「なぜ難しいか」「代わりに何なら受けられるか」を示すことで、相手も検討しやすくなります。

すぐ使える知識:フリーランス法と報酬支払期日

2024年11月施行

「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス法)では、発注事業者は報酬の支払期日を、給付を受領した日(または役務提供を受けた日)から60日以内のできるだけ短い期間内で定め、期日までに支払う義務があります。

⚠ 重要:検収と支払期日は「連動させない」のが原則

検収条項を置いても、支払期日を「検収完了日起算」として先延ばしにする運用は、法令上・実務上のリスクになり得ます。支払期日は原則として給付を受領した日/役務提供を受けた日を起算し、60日以内に設定してください。

実務対応:「納品後○日以内に検収を行い、給付受領日から60日以内に支払う」のように、検収完了とは別に、給付受領日起算の支払期日を明記することが安全です。

この規制に違反した場合、公正取引委員会による勧告・公表の対象になります。発注側の方は、契約書の見直しを推奨します。

損害賠償条項レビュー|5点チェックリスト

  • 上限報酬総額(継続契約は12か月)で設定されているか
  • 範囲通常損害に限定(民法416条1項明記)/逸失利益・特別損害は除外されているか
  • カーブアウト故意重過失・秘密保持・個人情報・知財侵害は上限適用外か
  • 片務性一方だけ賠償義務になっていないか
  • 交渉理由+代案で返す(70点案を準備)

「損害賠償」以外の条文も、同じように判断できる

今回は損害賠償条項を例にしましたが、同じ「防衛ライン(100/70/0点)」の考え方は、すべての条文に適用できます。

  • 業務内容・成果物定義:曖昧にするリスクと、固めすぎるリスクの両面
  • 検収条項:「みなし検収」をどう書くか
  • 再委託:許可制か、届出制か、禁止か
  • 知的財産権:帰属は委託者か、受託者か、共有か
  • 中途解約:準委任の「いつでも解約」をどう制限するか、フリーランス法の30日前予告義務
  • 競業避止:期間と範囲の合理性ライン

それぞれに「理想」「現実解」「NG」があり、相手から修正が来たときの「返し方」があります。

ただ、実務で本当に事故るのは、損害賠償”条文”そのものより、SOW・検収・変更管理が曖昧なまま走って、後から責任問題に発展するパターンです。

そこで、契約交渉の「防衛ライン(100/70/0点)」とセットで使える「運用の別紙テンプレート(SOW/検収書/変更管理等)」をまとめたキットも用意しました。

業務委託契約 雛形集

全条文「防衛ライン(100/70/0点)」付き|運用テンプレート同梱

雛形本体 請負型・準委任型の2パターン(Word形式)
防衛ライン表 全10カテゴリ×3段階(100/70/0)の条文例+交渉テンプレ
返答テンプレ よくある相手方修正への「返し方」集
運用テンプレ SOW/検収書/変更管理(CR)の別紙一式(全10種)
新法対応 フリーランス法チェックリスト+条文落とし込み
社内ツール 事業部向けチェックリスト、30秒トークスクリプト、稟議テンプレ
詳細を見る

まとめ:今日から使える3つのポイント

  1. 損害賠償条項は「上限」「範囲(通常損害に限定)」「カーブアウト」の3点をチェック
  2. 交渉は「理由」と「代案(70点案)」をセットで出す
  3. フリーランス法対応で「支払期日は給付受領日起算で60日以内」を忘れずに

契約書レビューは、慣れれば「型」で処理できます。まずは損害賠償条項から、今日の案件で試してみてください。