ChatGPT導入1年後──『ラクになったはずが、なぜか忙しい』法務部のパラドックス

ChatGPTで法務業務が効率化されたはずなのに、なぜか忙しさが変わらない──そんなジレンマを感じていませんか?

契約書や調査のスピードは劇的に向上した一方で、残業や調整業務は減らない。本稿はその「なぜ」を分解し、実務で使える視点を示します。

(この稿は当サイトの「ChatGPTで劇的改善!法務の“重荷業務”がここまでラクになった話」の続編的な位置付けです。導入運用の実務知見は当サイトの解説も併せて参照してください。)

法務の本当の大変さは「資料作成」じゃなかった

AIが解決してくれたこと、してくれなかったこと

ChatGPTのおかげで確実に楽になったのは、こんな作業です:

  • 契約書のたたき台作成:5分で初稿完成
  • 条項の比較検討:複数パターンを瞬時に提示
  • 社内説明資料の下書き:構成から文章まで一気に
  • 法令調査の初期段階:概要把握が格段に早く

でも、依然として時間がかかるのは:

  • 営業部との調整:「なんでこの条項が必要なの?」の説明
  • 相手方との交渉:「この条件は受け入れられません」への対応
  • 役員への報告:リスクの重要度を理解してもらう説得
  • 他部署からの突然の相談:背景事情のヒアリングから始まる長い会話

つまり、AIが効率化してくれたのは「作業」の部分だけ。
法務の仕事で本当に時間と精神力を消耗するのは、実は「人を説得すること」だったのです。

「資料はできてるのに、なぜ話が進まない?」

典型的なパターンがこれです(目安時間):

Before AI時代:

契約書案作成2時間
営業部との調整3時間
相手方との交渉5時間
合計10時間

After AI時代:

契約書案作成30分(AIのおかげ)
営業部との調整3時間(変わらず)
相手方との交渉5時間(変わらず)
合計8.5時間

確かに時間短縮はありますが、疲れるのは残りの時間。資料作成は前線を整える作業で、そこから先の説得・調整が残る限り「楽になった」体感は小さいのが現実です。

(運用のヒント:社内でAI成果物を「そのまま渡す」前に、説明ポイントや根回し先を明示しておくことで、営業部調整の摩擦を減らせます。プロンプト運用やテンプレ化も効果的です。参考:当サイトのプロンプトテンプレ記事)
→ 法務向けプロンプトテンプレ(実践編)

AIと優秀な部下の決定的な違い

「作業効率」は同じでも、「調整力」が圧倒的に違う

「1を聞いて10を知る」タイプの部下は、資料作成以降の根回しやタイミング調整まで担ってくれます。AIは資料の“質”を上げますが、現場の空気や人物関係を踏まえた調整までは担えません。

ChatGPTの場合:

私:「この契約、リスクありますか?」
AI:「以下の3つの観点でリスクがあります:①②③」
私:「営業部にどう説明すれば?」
AI:「以下のような説明が効果的です:○○○」
私:(結局自分で営業部に説明しに行く)

優秀な部下の場合:

私:「この契約、どう思う?」
部下:「○○の部分、営業部は嫌がりそうですね。先に△△さんに根回ししておきます。」
部下:(翌日)「営業部長に説明して、修正版で合意もらいました」

交渉で「矢面に立つ」ことの価値

AIは交渉の場に立てません。資料は用意できますが、相手を説得するのは人間。ここが最大の差です。

「空気を読んだ調整」をしてくれる安心感

優秀な部下がやってくれる調整例:

  • 経理は○○を気にする → 先に説明
  • △△さんは結論重視 → 要点だけで資料を作る
  • □□部長は今週機嫌悪い → 来週にタイミング調整

結論:AIは「資料作成アシスタント」、法務の核心は今も人間の仕事

AIで効率化されたのは、実は「楽な部分」だった

  • 契約書を書くのは大変だけど、一人でできる
  • 法令を調べるのは面倒だけど、時間をかければ解決する

本当に大変なのは:

  • 相手に嫌な顔をされながらリスクを説明すること
  • 「面倒くさい」と思われながらも譲れない条項を通すこと
  • 板挟みになりながら落としどころを見つけること

「優秀な部下」は今も最強の法務ツール

ChatGPTは確かに優秀です。24時間働いて文句も言いません。
しかし「1を聞いて10を知り、しかも嫌われ役を買って出てくれる」人間の価値は依然高いのです。

だから「ラクになったはずなのに忙しい」。
AIは序盤戦を助けますが、本番の交渉や調整は人間の手が必要です。

それでもAIと付き合い続ける理由

AIは「そこそこ優秀な24時間営業のアシスタント」として今後も有用です。ただし、「これで法務が楽になる」という単純な期待は捨てて、運用ルール・根回しフロー・人間の介在点を設計することが肝要です。

補足:本稿で触れた「運用ルール」や「プロンプトテンプレ」は当サイト内で詳しく解説しています。運用設計のチェックリストやテンプレートは、導入直後の摩擦を減らすのに役立ちます(参考:法務向けプロンプトテンプレ・AI新法対応チェック)。

・運用テンプレの例:法務向けChatGPTプロンプトテンプレ(中級編)
・規制・リスク観点:AI新法(2025年)で法務がやるべきことのチェックリスト

免責:本記事は実務的な示唆を目的とした一般的な解説であり、個別の法的判断や対応は社内の法務判断または外部専門家の確認を行ってください。