就活オワハラは自社リスクになるのか?エージェント違約金問題と企業の実務対応
就活オワハラは自社リスクになるのか?
エージェント違約金問題と実務対応
採用委託先の不正行為に対する企業の法的責任と、法務・人事が今すぐ確認すべきチェックポイント
エージェントがやったことでも、企業は無関係ではいられない。
採用は「委託」できても、責任は委託できない。
何が起きているのか──「億単位の違約金」という異常
2026年3月17日、中央大学キャリアセンターが公式に注意喚起を公表した。就職エージェントによる内定承諾の強要、いわゆる「オワハラ(就活終われハラスメント)」の被害報告が複数の学生から寄せられたためである。
同大学の公式文書によれば、内定辞退を申し出た学生に対し、「選考にかかった多大なコストを請求する」と脅しをかけるケースが確認されている。さらに報道ベースでは、極度額を億単位とする身元保証契約の締結を内定承諾の条件として強いたケースも紹介されている。
これは「学生保護」の問題にとどまらない。企業法務として見るべき本質は別にある。
こうした行為は、企業が委託した採用活動の一環として行われている。つまり、エージェントの不正行為が、企業自身のガバナンス問題として跳ね返る構造にある。
図1:採用エージェント問題の構造──委託元企業への責任帰属
なぜ企業に責任が及びうるのか──法的構造の整理
職業安定法上の規制と手数料禁止の原則
就職エージェント(有料職業紹介事業者)は、職業安定法第30条に基づく厚生労働大臣の許可を得て事業を行っている。同法第32条の3第2項は、求職者からの手数料徴収を原則として禁止しており、例外は芸能家・モデル等の一定の職種に限られる。新卒学生の就職紹介はこの例外に該当しない。
学生に「違約金」を請求する行為は、職業安定法上の手数料規制との関係で重大な疑義がある。「違約金」という名目であっても、実質的に紹介サービスの対価や辞退抑止の手段とみなされれば、求職者からの手数料禁止規定の潜脱として評価されうる。少なくとも、適法性は強く争われうる行為である。
なお、令和7年4月1日施行の省令・指針改正では、職業紹介事業者に対し、求人者への違約金規約の事前明示義務が新設された。この改正は、違約金を一般的に違法とする趣旨ではないが、違約金をめぐるトラブルが政策課題として認識されていることを端的に示している。
職業安定法第32条の3第2項:有料職業紹介事業者は、原則として求職者から手数料を徴収してはならない(一定の例外職種を除く)。
労働基準法第16条:使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
消費者契約法第9条1号:解除に伴う違約金が「平均的な損害」を超える部分は無効。
消費者契約法第5条:事業者が第三者に契約締結の媒介を委託した場合、当該第三者の不当行為にも取消権規定が準用される。
消費者契約法による違約金の制限
仮に学生とエージェントの間に何らかの契約が存在したとしても、消費者契約法第9条1号により、解除に伴う損害賠償額の予定・違約金は「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える部分が無効となる。内定辞退によってエージェントに「億単位」の損害が生じるはずがなく、法的に請求が成り立つ余地はほぼない。
労働基準法第16条との緊張関係
労働基準法第16条は、使用者と労働者の間で違約金を予定する契約を禁じた規定であり、エージェントと学生の関係にそのまま適用されるものではない。しかし、同条が示す「違約金による拘束の禁止」という法政策は、就職活動全般に通底する規範的要請である。内定承諾後であっても、労働契約の成立前の段階で違約金を設定して辞退の自由を過度に制約する行為は、この法政策と緊張関係に立つ。
企業自身の責任──不法行為・履行補助者・共同不法行為
企業法務として最も注視すべきは、この問題が企業自身に帰属するリスクである。
エージェントは形式上は独立事業者だが、企業の採用プロセスにおける「履行補助者」として機能している。内定に至る過程において、企業は信義則上の注意義務を負っており、エージェントの不当な言動は、企業自身の注意義務違反(債務不履行責任)として評価される可能性がある。
また、エージェントの不適切な行為を認識し又は認識しうべきであったにもかかわらず放置した場合、民法第719条の共同不法行為が問題となりうる。企業の関与・黙認・予見可能性・是正措置の不備が評価の中心となる。民法第715条の使用者責任については、独立事業者であるエージェントに対して実質的な指揮監督関係が認められるかという高いハードルがあるが、事案次第では議論の余地が残る。
| 法的根拠 | 問題となる行為 | 企業側のリスク |
|---|---|---|
| 職業安定法 第32条の3第2項 |
求職者(学生)への金銭請求(違約金名目含む) | 委託先の法令違反を放置した管理責任。行政指導・許可取消の波及リスク |
| 消費者契約法 第9条1号 |
平均的損害を超える違約金条項 | 消費者契約法5条により、委託先の勧誘行為が企業に帰属しうる |
| 労働基準法 第16条 |
辞退の自由を制約する違約金設定 | 法政策との緊張関係。採用プロセス全体の適法性に疑義 |
| 民法709条 719条 |
不当行為の黙認・放置 | 共同不法行為・履行補助者の行為に対する注意義務違反(債務不履行) |
| 刑法223条 (強要罪) |
畏怖を利用して義務なき行為を強制 | エージェントの行為が刑事事件化した場合のレピュテーション損害 |
表1:オワハラ問題における法的リスクの全体像
見落とされがちな刑事リスク
民事上の責任だけではない。「億単位の保証人」や「多大なコスト請求」といった威嚇行為は、畏怖を利用して義務のないことを行わせようとする点で、刑法第223条(強要罪)に該当する可能性がある。金銭取得が目的であれば恐喝罪も視野に入る。企業がこれを知りながら放置した場合、直接の刑事責任を問われずとも、レピュテーションダメージは損害賠償の比ではない。
関連記事:業務委託契約のひな形・実務ガイド(2025年版)→実務で気づくべき「危険なサイン」
問題あるエージェントは、むしろ「成績が良い」形で現れる。以下のような兆候がある場合、法務・人事は警戒すべきである。
- 特定エージェント経由の内定承諾率が異常に高い(90%超など)
- 辞退率が極端に低い、または辞退理由が曖昧・画一的
- 学生から直接の問い合わせや相談が一切入らない
- エージェントが「辞退防止」を強調する営業トークを使っている
「成果が良すぎるエージェント」はむしろ危険信号である。囲い込みインセンティブの暴走が、表面上の高い承諾率として表れている可能性がある。
企業が取るべき実務対応──委託先管理(VRM)の視点
この問題の本質は、採用エージェントの問題ではない。「委託先管理(Vendor Risk Management)」の問題である。サプライチェーン管理と同じ構造が、採用プロセスにも存在する。
図2:採用エージェント管理の4つの統制フレームワーク
① エージェント契約の見直し
まず着手すべきは契約書の改定である。以下の条項が含まれているかを確認する。
- 求職者に対するハラスメント行為の明示的禁止
- 求職者への不当な金銭請求の禁止(違約金・損害賠償名目を含む)
- 法令遵守義務(職業安定法・消費者契約法・労働基準法を含むコンプライアンス条項)
- 違反時の契約即時解除条項および損害賠償条項
「知らなかった」で済まされないよう、契約段階で統制を設計しておくことが重要である。
関連記事:AI契約レビューの多段階アプローチ→② モニタリング体制の構築
契約だけでは不十分である。エージェント経由の採用プロセスをブラックボックス化させないために、以下の仕組みを整備すべきである。
- 内定者向けアンケートの実施(エージェント対応に関する設問を含む)
- 辞退者ヒアリングの定期実施と辞退理由の精査
- エージェントを介さない学生向け相談窓口の設置(匿名対応可)
③ KPIの見直し──インセンティブ設計の歪みを正す
最も根本的な対応はKPIの見直しである。エージェント評価を「内定承諾率」だけで行っていないか。この単一KPIが、囲い込みインセンティブの暴走を招く温床になっている。
| 評価軸 | 従来型(リスクあり) | 推奨型(VRM対応) |
|---|---|---|
| 主要KPI | 内定承諾率のみ | 承諾率+入社後定着率(6ヶ月・1年) |
| 品質指標 | なし | 内定者満足度、辞退理由の透明性 |
| コンプライアンス | 契約書に記載のみ | 定期監査・アンケート・是正勧告の仕組み |
| 大学関係 | 未評価 | キャリアセンターからの評価・フィードバック |
表2:エージェント評価KPIの比較──従来型 vs VRM対応型
関連記事:法務AIエージェント導入による工数削減事例→NG対応──やってはいけない3つの対応
① 見て見ぬふり。最もリスクが高い。予見可能性がある状態での不作為は、事後に「黙認」と評価される可能性がある。レピュテーション上も、大学キャリアセンターからの「出入り禁止」措置は、新卒採用における死活問題に直結する。
② 「エージェントの責任」と切り分ける。法的にも、レピュテーション上も、この切り分けは通用しない。SNSでの炎上、大学からの排除、学生からの敬遠──法的責任より先に実務的ダメージが来る。特定大学との信頼関係が崩壊した場合の長期的損失は、定量化が困難なほど大きい。
③ 数字だけでエージェントを評価する。成果報酬型のビジネスモデルである以上、数字至上主義は不正の温床になる。
まとめ──採用委託におけるガバナンス設計
今回のオワハラ問題は、表面的にはエージェントの暴走に見える。しかし、企業法務の視点で見れば、これは委託先管理の不備が顕在化した事例である。
契約設計、モニタリング体制、KPI設計、通報窓口──これらを一体として整備することが、委託先リスクを管理する唯一の方法である。そして、こうした管理は属人的な運用(Excelやメールベース)では限界がある。契約・判断・ログを体系的に管理する仕組み──すなわち「法務OS」の思想が、ここでも有効になる。
関連記事:法務チェックリストのプロンプト設計ガイド→委託先リスクを、属人管理で終わらせない
採用エージェント管理も、実質的には委託先契約レビューと運用チェックの問題です。
エージェント契約のレビュー、コンプライアンスチェック、リスク判断のログ管理──
これらをAIプロンプトで仕組み化する方法をまとめています。
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