2026年1月施行!改正下請法(中小受託取引適正化法)で変わる実務対応の全て
2025年5月16日に成立し、2026年1月1日から施行される改正下請法は、単なる条文改正にとどまらず、企業間取引の構造そのものを変える大改革です。法律名も「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称:中小受託取引適正化法、取適法)に変更され、企業の契約・支払・取引管理実務に直接的な影響を与えます。本稿では、法務実務家の視点から、改正内容の本質と具体的な対応策を体系的に解説します。
1. 改正の全体像と実務への影響度
改正の背景と立法趣旨
近年の急激な物価上昇、人件費・原材料費・エネルギーコストの高騰により、企業間取引における価格転嫁が進まず、特に中小企業が厳しい経営環境に置かれています。今回の改正は、発注者・受注者の対等な関係に基づく取引の適正化を図ることが主眼です。
法律名・用語の大幅変更
従来の「下請」という用語が、対等でない関係を示唆するとして全面見直しされました。主な用語変更は以下のとおりです。
従来 | 改正後 |
---|---|
親事業者 | 委託事業者 |
下請事業者 | 中小受託事業者 |
下請代金 | 委託代金 |
単なる言い換えではなく、対等なパートナーシップを前提とする立法意図を示します。
実務への影響度マトリクス
改正項目 | 影響度 | 対応緊急度 | 主な影響部門 |
---|---|---|---|
従業員数基準の導入 | ★★★ | 高 | 法務・調達・営業 |
手形払いの原則禁止 | ★★★ | 高 | 経理・財務 |
価格協議義務の強化 | ★★★ | 高 | 営業・調達 |
運送委託の追加 | ★★ | 中 | 物流・調達 |
書面交付の電子化対応 | ★★ | 中 | 法務・システム |
2. 適用範囲の大幅拡大:従業員数基準の実務対応
改正法では、従来の資本金基準に加えて従業員数基準が追加され、適用範囲が拡大します。
従業員数基準(2026年1月1日施行)
- 300人基準:製造委託・修理委託・プログラム作成委託・運送等役務提供委託…従業員300人超 → 300人以下への委託
- 100人基準:その他の情報成果物作成委託・役務提供委託…従業員100人超 → 100人以下への委託
実務上の確認フロー
- 取引先の従業員数把握:既存先の調査/新規開始時の確認/年1回更新
- 契約条項への反映:従業員数の表明保証+変更時通知義務
- 社内体制:DB項目追加/法適用判定フロー/営業向けマニュアル
注意:「常時使用する従業員」で判定。派遣・臨時の扱いはガイドラインで明確化予定。企業グループ全体ではなく、契約当事者法人単位で判定。
3. 手形払いの原則禁止と支払実務の見直し
禁止される支払手段
- 手形による支払い(全面禁止)
- 電子記録債権等で、支払期日までに代金相当額を得ることが困難なもの
即時必要な対応
- 既存契約の支払条件見直し(手形条項の削除・修正)
- 現金・振込払いへの移行計画/資金繰り前倒し見直し/システム改修
条項修正例
改正前 第●条(支払方法)委託代金は、手形により支払うものとする。
改正後 第●条(支払方法)委託代金は、乙の指定口座への振込により支払うものとする。振込手数料は甲負担。
4. 価格協議義務の強化と「買いたたき」防止
改正法は協議なき一方的価格決定を禁止。以下の行為はNGです。
- 価格交渉への協議拒否
- 協議に必要な説明・情報の不提供
- 一方的な委託代金の決定
運用基準で明確化された事項
- 労務費・原材料費・エネルギーコスト上昇を価格に反映しない取引は買いたたきのおそれ
- 合理的根拠ある価格改定要請には誠実に対応する義務
協議プロセスの文書化(テンプレ例)
【価格協議記録】 日時:●年●月●日 参加者:甲(委託者)●●、乙(中小受託事業者)●● 協議内容: ・乙からの価格改定要請内容 ・甲の回答内容と根拠 ・提供資料:●● 次回協議予定:●年●月●日
関連ノウハウ:下請法違反を避ける価格協議・条項の運用術
5. 運送委託の新規追加と物流業界への影響
特定運送委託(製造・販売等の目的物引渡しに必要な運送の委託)が第5類型として追加。
- 運送業者との契約見直し(法適用確認/3条書面交付/支払60日ルール)
- メーカー・小売の対応(委託先の資本金・従業員数確認/価格協議体制)
6. 書面交付義務の電子化対応
中小受託事業者の事前同意があれば電子交付が可能(従来の「書面による同意」は不要)。
導入ステップ
- 同意取得プロセス整備(同意書雛形)
- 電子署名・タイムスタンプ検討
- 電子帳簿保存法対応/受領確認システム構築
【電子交付同意書】 貴社との取引に関する書面について、電子的方法による交付に同意いたします。 交付方法:電子メール(PDF添付) 送信先:●●@example.com 受領確認方法:受領確認メールの返信
7. 執行強化と報復行為の禁止
- 面的執行:事業所管省庁にも指導・助言・勧告権限。公取委と連携強化。
- 報復行為の明文化禁止:通報を理由とする取引停止・発注量削減・その他不利益取扱いは違反。
通報受領時の社内フロー整備、通報者保護、関係部署への周知徹底は必須。
8. 具体的な実務対応スケジュール
Phase 1:緊急対応(2025年9月〜12月)
- 9月末まで:適用判定・従業員数調査・手形払い契約の洗い出し
- 12月末まで:雛形改訂、手形廃止の取引先調整、3条書面電子化準備
Phase 2:本格対応(2026年1月〜6月)
- 施行時:全社研修/取引先説明資料配布
- 6月末まで:既存契約の順次更新、価格協議プロセス運用、運送委託見直し
Phase 3:継続運用(2026年7月以降)
- 取引先情報の定期更新、協議記録の保存、体制の継続改善
9. 違反時のリスクと予防策
制裁措置
- 行政措置:調査・指導助言→勧告(企業名公表の可能性)→命令(企業名公表は必須)
- 刑事罰:命令違反で50万円以下の罰金(両罰規定)
予防の重点
- 改正対応マニュアル/定期研修/営業・調達への周知
- 対等なパートナーシップの醸成と透明性ある価格協議
10. まとめ:新時代の取引管理に向けて
改正下請法は、力関係の是正と対等な関係構築を目指す歴史的改革です。鍵は、早期準備(2025年内完了)/部門横断の連携/継続的改善。適切な対応により、企業の信頼性と競争優位を高めましょう。
