法務が修正案を出さずにリスク説明で止めるべき場面|代替案を出せない案件の伝え方
次の案件で使える形に。
法務実務では、契約書や取引スキームに問題がある場合、事業部から「では、どう修正すればよいですか」と聞かれることがよくあります。
契約条項を直すことでリスクを下げられる場面では、法務が修正案を出すのは有効です。しかし、すべての問題が条項修正で解決できるわけではありません。
この記事では、法務が修正案を出さずに「リスク説明」として案件を止める、あるいは上位判断に上げるべき場面と、その伝え方・残し方を整理します。
「法務担当者のための判断文書ノート20選」は、実務で行った判断を、後任者・上長・監査・紛争時に見ても意味が分かる形で残すためのシリーズです。第6話までは「結論ラベルの使い分け」「条件付きOKの管理」「事業判断との責任分界」「未確認事項の前提付き回答」「急ぎ案件の確認省略」を扱いました。第7話の今回は、そもそも修正案を出すべきでない場面を扱います。
1. はじめに:修正案を出すことが正解とは限らない
「修正案を出す」という対応は、契約条項を直せばリスクを許容範囲まで下げられる場合に機能します。たとえば賠償上限の調整、解除条項の追加などです。
一方で、次のような場面では、修正案づくりに入ること自体が適切ではありません。
- そもそも法令上できない可能性がある
- 許認可・登録・届出がないと実施できない
- 会社規程上、必要な承認がない
- 相手方の要求が事業上、受け入れ不能である
- 契約書ではなく、実態・運用・体制の問題である
- 事実確認が不足しており、修正案を作る前提がない
こうした場面で無理に修正案を出すと、「その修正をすれば進めてよい」と受け取られてしまうことがあります。まずはこの誤解の構造から見ていきます。
2. 「修正案を出してください」に常に応じるべきではない理由
事業部からの「修正案をください」という依頼は自然なものです。しかし、すべてに応じることが、かえってリスクを大きくする場合があります。
応じるべきでない主な理由
- 「修正すれば進められる」という前提を作ってしまう。修正案を出した瞬間、案件は「進める方向」で動き出します。
- 問題の本質が契約書にない場合がある。取引実態・許認可・社内承認に問題があるなら、条項を直しても解決しません。
- 法令違反や重大コンプライアンスリスクは、条項修正では消えない。違反の可能性は文言で打ち消せません。
- 事実確認が不足したまま修正案を出すと、誤った前提の提案になる。前提が崩れれば提案ごと無効になります。
- 法務が事業上の代替策まで引き受けると、責任範囲が曖昧になる。「法務が出した案だから」と責任が転嫁されかねません。
そして大切な前提として、「修正案がない=法務が仕事をしていない」ではありません。修正では解消できないリスクを正確に説明することも、立派な実務判断です。
これだけでは足りない悪いコメント
「法務としてはリスクがあるので、修正してください。」
「このままでは難しいので、何か代替案を検討してください。」
「条項を修正すれば大丈夫かもしれません。」
「リスクが高いので、法務としてはおすすめしません。」
「対応策は事業部で考えてください。」
これらは、何が問題なのか・なぜ修正では足りないのか・誰が判断すべきかが書かれていません。受け手は「では条項をどう直せば?」と考え、本質とずれた修正交渉に進んでしまいます。
図解|修正案を出すと「進行可能」と誤解される場面
本来は許認可・法令レベルの問題
「この条項をこう直してください」
「= 直せば進めてよい、と法務が言っている」
条項を直しても許認可・法令の問題は残ったまま案件が前進してしまう
3. 修正案で対応できる案件・対応できない案件
まず、両者をざっくり分けて把握します。
修正案で対応しやすい案件
- 損害賠償上限の調整
- 契約期間・解除条項の調整
- 秘密保持条項の明確化
- 知的財産権の帰属・利用範囲の明確化
- 再委託条項の追加
- 検収・支払条件の明確化
- 反社条項・解除条項の追加
修正案だけでは対応しにくい案件
- 法令違反の可能性がある案件
- 許認可・登録・届出が必要な案件
- 個人情報の取扱体制が不明確な案件
- 反社・制裁・輸出管理など重大リスク
- 会社規程上の承認権限を超える案件
- 委託・雇用・派遣等の整理が必要な案件
- 事業モデル自体に法的疑義がある案件
- 運用体制が未整備な案件
違いの本質は、「契約書の文言の中に解決手段があるか」です。文言の外(実態・許認可・承認・体制)に原因があるなら、条項修正は手段になりません。
| 類型 | 修正案で対応しやすいか | 理由 | 法務コメントの方向性 |
|---|---|---|---|
| 賠償・解除・期間などの条件調整 | 対応しやすい | リスクの所在が条項そのものにある | 具体的な修正文言を提示 |
| 秘密保持・知財帰属の明確化 | 対応しやすい | 曖昧さを文言で除去できる | 定義・範囲の補正案を提示 |
| 法令違反の可能性 | 対応しにくい | 違反は文言では打ち消せない | 適法性の確認を先行させる |
| 許認可・登録・届出が未確認 | 対応しにくい | 条項ではなく事業実施の可否の問題 | 許認可要否の確認を依頼 |
| 個人情報の取扱体制が不明確 | 条件付き | 条項整備に加え運用体制の確認が必要 | 体制確認とセットで整理 |
| 社内承認権限の超過 | 対応しにくい | 契約以前に社内手続の問題 | 正規の承認取得を先に求める |
| 事業モデル自体への法的疑義 | 対応しにくい | スキーム見直しが必要 | スキーム再整理・上位判断へ |
図解|修正案で対応できる案件・できない案件の分岐
YES → 修正案型
具体的な修正文言を提示し、修正交渉へ進む。
NO → リスク説明型
解消できない理由を説明し、追加確認・エスカレーション・中止判断へ。
4. リスク説明で止めるべき典型場面
修正案ではなくリスク説明で止める(または上位判断に上げる)べき典型場面を整理します。
| 場面 | なぜ修正案では足りないか | 法務が書くべき説明 |
|---|---|---|
| 法令違反の可能性がある | 違反は文言修正では適法化できない | どの行為が、どの法令上問題となりうるかと、確認すべき点 |
| 許認可・登録・届出が未確認/未取得 | 条項ではなく事業実施可否の問題 | 必要な許認可の有無、当社の保有状況、確認の所管 |
| 重大コンプライアンスリスク(反社・制裁・輸出管理等) | 該当すれば取引自体が不可 | 該当可能性、確認手段、該当時の影響 |
| 会社規程・決裁権限に反する | 契約以前の社内手続の欠落 | 欠けている承認、本来必要な決裁ライン |
| 契約書修正では実態リスクが残る | 原因が運用・体制側にある | 条項では消えない実態リスクと、必要な体制整備 |
| 相手方要求が構造的に受け入れ不能 | 譲歩の前提が事業構造上ない | 受け入れられない理由と、代替の交渉論点 |
| 事実確認が不足し修正案を出せない | 前提が確定していない | 未確認の事実と、確認しないと判断できない理由 |
| 経営判断・撤退判断が必要 | 法務の権限を超える | 判断が必要な論点と、判断主体・エスカレーション先 |
各場面の短い文例
- 許認可未確認:「本件業務には許認可を要する可能性があり、当社の保有状況が未確認です。条項修正の前に許認可要否の確認が必要です。」
- 社内承認の欠落:「本件は規程上◯◯決裁を要しますが、現時点で承認が確認できません。承認取得が締結の前提となります。」
- 事実確認不足:「再委託の有無が未確認のため、条項案を確定できません。実態を確認のうえで判断します。」
- 経営判断レベル:「本件は事業継続可否を含む判断であり、法務単独では結論を出せません。経営層の判断を求めます。」
5. 悪い「リスク説明」と良い「リスク説明」の違い
同じ案件でも、説明の粒度で受け手の動きは大きく変わります。
「本件は法令違反のリスクがあるため、法務としてはNGです。」
「本件スキームは、当社が実質的に許認可を要する業務を受託する可能性があり、現時点では必要な許認可の有無および当社の対応体制が確認できていません。この点は契約条項の修正だけでは解消できないため、修正案の提示ではなく、まず事業内容・業務範囲・必要許認可の有無を確認する必要があります。確認が取れるまでは、法務として本件契約の締結は推奨できません。」
改善例は、「何が/なぜ修正で消えないか/次に何を確認するか/現時点の結論」がそろっています。受け手は次の一手(確認)が分かります。
他の場面の改善例
「相手方への個人データ提供を含みますが、委託先の安全管理体制および当社の管理方法が未確認です。条項追加だけでなく取扱体制の確認が必要なため、体制確認までは締結を推奨できません。」
「相手方は損害賠償の上限・範囲の一切の制限に応じない意向です。これは当社の引受可能リスクを構造的に超えるため、上限設定は交渉上の必須条件であり、合意できない場合は取引可否そのものの判断が必要です。」
「本件は規程上の◯◯承認が未取得です。承認は締結の前提であり、未取得のまま締結すると内部統制上の問題が生じます。先に正規の承認手続をお願いします。」
「業務範囲・再委託の有無・データの流れが未確定のため、現時点で修正案を確定できません。前提が変われば提案も変わるため、まず実態の確認をお願いします。」
6. 図解:修正案型コメントとリスク説明型コメントの違い
両者は対立する型ではなく、問題の所在に応じた使い分けです。
図解|修正案型コメント/リスク説明型コメント
修正案型コメント
リスク説明型コメント
7. リスク説明で必ず書くべき7要素
修正案を出さずにリスク説明で止める場合、最低限この7要素を残します。これがないと「言いっぱなし」になり、後から判断経緯を追えません。
| 要素 | 書くべき内容 | 書かない場合のリスク |
|---|---|---|
| ① 問題の所在 | どの取引・行為・条項のどこに問題があるか | 論点がぼやけ、的外れな修正に進む |
| ② リスクの性質 | 法令/許認可/コンプラ/社内手続/実態など、種類 | 重大度の取り違えが起きる |
| ③ 修正案で対応できない理由 | なぜ条項修正では解消しないか | 「直せば進める」と誤解される |
| ④ 確認すべき事実 | 判断のために確定が必要な事項 | 未確認のまま進行する |
| ⑤ 進めた場合の影響 | そのまま締結・実施した場合の不利益 | リスクが軽視される |
| ⑥ 次アクション | 誰が・何を・いつまでに行うか | 案件が止まる/放置される |
| ⑦ 判断主体・エスカレーション先 | 最終的に誰が決めるか | 責任の所在が不明確になる |
必要に応じて、8つ目として「現時点の法務結論(推奨/非推奨/保留)」を加えると、受け手が状態を一目で把握できます。
図解|リスク説明で止めるときに残す7要素
どこに問題があるか
どの種類のリスクか
なぜ条項修正では足りないか
何を確定する必要があるか
そのまま進むと何が起きるか
誰が何をいつまでに
最終的に誰が決めるか
8. 代替案を出せないときの伝え方
「代替案はありません」とだけ書くと、突き放した印象になり、案件も止まります。なぜ代替案を出せないのかを添えることで、受け手は次の確認に動けます。
代替案を出せない主な理由
- 事実関係が未確認で、提案の前提がない
- 法令・許認可の確認が先である
- 条項修正ではなく、事業スキーム自体の見直しが必要
- 会社としてリスクを受け入れるかの判断が先である
- 外部専門家・所管部門への確認が必要
- 経営判断が必要で、法務だけでは提示できない
文例
「現時点では必要な前提事実が確認できていないため、法務として具体的な修正案を提示することは困難です。まず、取引実態および許認可要否を確認してください。」
「本件リスクは契約条項の修正だけでは解消できないため、法務から代替条項を提示するのではなく、事業スキーム自体を見直す必要があります。」
「本件は当社内の知見だけでは適法性を断定できない論点を含みます。代替案の提示の前に、外部専門家(または所管官庁)への確認をお願いします。」
「残るリスクを当社として受け入れるかどうかの判断が先になります。受容方針が決まれば、それに沿った条項案の検討が可能です。」
9. 稟議コメントでの書き方
稟議コメントでは、リスクを長く書きすぎると読まれません。一方で「法務NG」だけでは、決裁者が判断できません。次の構成が使いやすいです。
- 法務としての現時点の結論
- 修正案を出さない理由
- リスクの内容
- 進めた場合の影響
- 追加確認・エスカレーションの要否
- 決裁者に判断してほしい事項
「法務としては、現時点で本件契約の締結は推奨できません。本件は契約条項の修正ではなく、当社が実施する業務内容そのものに許認可上の確認を要する可能性があります。必要な許認可の有無、当社体制、業務範囲を確認するまでは、契約書の修正案を提示する段階ではありません。事業部にて取引スキームを再整理のうえ、必要に応じて外部専門家または所管部門への確認を行ってください。決裁にあたっては、許認可確認前に締結を進めるかどうかをご判断ください。」
10. メール・チャットでの書き方
短く返す場合でも、「修正案を出せない理由・問題の性質・次アクション」は落とさないようにします。
「本件は、契約条項の修正だけではリスクを解消できない可能性があります。特に、当社が実施する業務内容について許認可要否の確認が必要です。現時点では具体的な修正案を提示する段階ではないため、まず業務範囲と許認可要否を確認してください。確認が取れるまでは、法務として締結は推奨できません。」
「今回は条項修正で解決するタイプではなさそうです。業務内容自体に許認可確認が必要な可能性があるため、まず業務範囲と許認可要否を確認してください。現時点では修正案提示ではなく、追加確認が必要です。」
「判断のため、(1)実際の業務範囲 (2)再委託の有無 (3)取り扱う情報の種類、の3点を確認させてください。これが固まらないと修正案を出せない状態です。」
11. 修正案を出さずに止めるときの社内説明フロー
図解|修正案を出さずにリスク説明で止める流れ
12. 避けるべき表現
短く突き放す表現は、責任の所在と次の一手を曖昧にします。改善例とあわせて整理します。
| 避けたい表現 | なぜ危ないか | 改善例 |
|---|---|---|
| 「法務としてNGです」 | 理由と次アクションがなく、再交渉も確認もできない | 「◯◯が未確認のため現時点では推奨できません。まず◯◯を確認してください」 |
| 「これは無理です」 | 何が無理かが不明 | 「◯◯の点が構造的に受け入れ不能です。理由は…」 |
| 「リスクが高いです」 | 種類・程度・影響が分からない | 「◯◯(種類)のリスクで、進めると◯◯の影響があります」 |
| 「代替案はありません」 | 突き放しに見え、案件が止まる | 「前提が未確認のため代替案を出せません。まず◯◯を確認後に検討します」 |
| 「事業部で考えてください」 | 丸投げに見え、責任が曖昧 | 「判断に必要なのは◯◯です。確認のうえ再度ご相談ください」 |
| 「法務では判断できません」 | 誰が判断するか不明 | 「本件は経営判断が必要です。◯◯へのエスカレーションを提案します」 |
| 「このままでは危ないです」 | 抽象的で動けない | 「◯◯のまま締結すると◯◯の影響があります。確認すべきは◯◯です」 |
| 「契約書を直せば何とかなるかも」 | 不確実な期待を持たせる | 「条項修正では解消しない問題です。原因は◯◯にあります」 |
| 「弁護士に聞いてください」 | 社内の整理を放棄している | 「外部確認が必要な論点は◯◯です。確認事項を整理しました」 |
| 「経営判断です」 | 論点を示さず投げている | 「経営判断が必要な論点は◯◯と◯◯です。判断材料は…」 |
13. 実務で使えるテンプレート
短文版(メール・チャット向け)
詳細版(稟議コメント・審査メモ向け)
場面別テンプレート
14. まとめ
法務は、常に修正案を出す役割ではありません。契約条項の修正でリスクを下げられる場面では、修正案を示すことが有効です。
しかし、法令違反、許認可、重大コンプライアンス、社内承認、事業スキーム自体の問題などは、条項修正だけでは解消できないことがあります。
そのような場面で必要なのは、無理に代替案を作ることではなく、次を明確に説明することです。
- 何が問題なのか
- なぜ修正案では対応できないのか
- 何を確認すべきなのか
- 進めた場合にどのような影響があるのか
- 誰が判断すべきなのか
「修正案を出さない」という判断も、リスクの性質によっては、法務として必要な実務判断です。それを言いっぱなしにせず、7要素で残すことが、後任者・上長・監査・紛争時の備えになります。
リスク説明文を、曖昧な一言で終わらせないために
契約レビュー・稟議コメント・社内説明文を整える指示文集。リスク説明型コメントのたたき台づくりに。
LegalOSシリーズ結論・前提・未確認事項・残リスク・承認履歴を記録し、「修正案を出さずに止めた判断」を後から再現できる形で残す。
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