災害時に従業員を出社させてよい?出社命令・帰宅・在宅勤務の判断
LegalGPT|BCP・危機管理
第6話
災害・事業停止に備える企業法務BCP
緊急時の判断と対応|全15話
災害時に従業員を出社させてよい?出社命令・帰宅・在宅勤務の判断
台風が近づいている。鉄道は夕方から計画運休の予定。それでも、朝はまだ電車が動いている。
さて、社員を出社させてよいのでしょうか。
災害のたびに、人事・総務・拠点責任者の手元には次のような質問が集まります。
- 台風でも会社は出社を命じられるのか
- 警報が出たら出社禁止にしなければならないのか
- 電車が止まっている社員に「別ルートで来て」と言ってよいのか
- 地震のあと、社員をすぐ帰宅させてよいのか
- 緊急要員なら危険な状況でも出社させてよいのか
- 出社しなかった社員を欠勤・懲戒扱いにできるのか
本記事では、第5話で扱った発災直後の初動(人命確保・安否確認・対策本部など)の次に必ず問題になる、「従業員をどこで働かせるか、どう移動させるか」という勤務判断を扱います。テーマは、災害時の業務命令と安全配慮義務をどう両立させるかです。
この記事の結論
- 災害時の出社命令は、一律に「可能」「不可能」と決まるものではありません。
- 会社は業務上の必要性だけでなく、労働契約法5条の安全配慮義務を踏まえて勤務方針を決めます。
- 警報の名称だけで機械的に判断せず、地域の危険・通勤経路・交通・代替手段・個別事情を総合的に見ます。
- 台風のように予測できる災害では「危険になる前」に、大地震では「むやみに移動させない」ことを軸に考えます。
- 安全上の勤務判断と、賃金・休業手当の判断は別問題です(賃金は第7話)。
無料・時短・仕組み化の3つから選ぶ
災害時に従業員へ出社を命じられる?
結論から言うと、災害時の出社命令が一律に可能・不可能と決まるわけではありません。
会社は通常、労働契約や就業規則に基づいて、業務上必要な指示(いわゆる業務命令)を出すことができます。台風の日だからといって、その権限が自動的に消えるわけではありません。
一方で、会社は労働契約法5条により、従業員の生命・身体等の安全に配慮する義務も負っています。災害時は、この二つが正面からぶつかりやすい場面です。
そのため、会社が考えるべきなのは「出社を命じられるか」という二択ではなく、次のような選択肢の中からその時点の状況に合った勤務形態を選ぶことです。
| 勤務形態 | 主な使いどころ |
|---|---|
| 通常出社 | 危険度が低く、通勤・職場に支障がない |
| 時差出勤・時差退勤 | 交通に一部影響がある、運転再開直後で混雑が見込まれる |
| 在宅勤務 | 業務を自宅で行え、自宅が安全で通信等が使える |
| 自宅待機・出社停止 | 移動そのものが危険、または現地で行う必要のある業務がない |
| 会社待機 | 大地震後などで、今移動するほうが危険 |
| 段階的帰宅・早期退勤 | 帰宅経路の安全を確認しながら、時間や方面をずらして帰す |
| 緊急要員のみ出社 | 現地でしかできない重要業務があり、安全対策を個別に講じられる |
安全配慮義務とは?労働契約法5条の意味
条文の内容
労働契約法5条は、次のように定めています。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
これを一般に「安全配慮義務」と呼びます。もともと判例で認められていた考え方を、2008年施行の労働契約法が明文化したものです。
「必要な配慮」は一律ではない
厚生労働省の労働契約法の施行通達では、ここでいう「必要な配慮」は一律に定まるものではなく、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて必要な配慮をすることが求められる、という趣旨が示されています。
つまり、次のような単純化はどれも正確ではありません。
- 「警報が出たら出社命令は違法」
- 「台風なら必ず休業しなければならない」
- 「会社が命じれば、どのような状況でも出社させられる」
同じ台風でも、徒歩圏に住む設備保安要員と、複数路線を乗り継いで河川沿いから通う事務職とでは、「必要な配慮」の中身が違います。
通勤中の安全はどこまで考えるのか
ここは言い切りすぎに注意が必要です。安全配慮義務があるからといって、「会社は通勤中に起こる事故をすべて防止する義務を負う」わけではありません。通勤経路や移動手段は、通常は従業員自身の管理に委ねられている部分が大きいからです。
一方で、会社が災害の状況を把握しながら、危険な時間帯・経路での出社を積極的に命じる場面は別です。その出社判断にあたって、鉄道の運休、気象情報、避難情報などを無視してよいことにはなりません。
実務上の整理としては、出社命令を出す際の安全配慮として、会社が把握できる通勤上の危険も判断材料に含める、と理解しておくのが適切です。
出社判断で確認する6項目
ここからは実務の判断手順です。LegalGPTでは、災害時の出社判断を次の6項目で整理しています。
※「災害時出社判断6項目」はLegalGPTによる実務整理であり、政府や行政機関が定めた正式な基準・名称ではありません。
| 項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| ① 災害危険度 | 気象庁の防災気象情報、自治体の避難情報、地震の被害・余震、浸水、土砂災害、積雪など |
| ② 職場の安全 | 建物・設備の損傷、電力・水道、避難経路、周辺の火災・浸水 |
| ③ 通勤の安全 | 鉄道・バスの運行、道路の通行止め、冠水、土砂災害、橋梁、駅の混雑 |
| ④ 業務の必要性 | その業務を「今日」「現地で」行う必要が本当にあるか |
| ⑤ 代替手段 | 在宅勤務、時差出勤、他拠点、オンライン対応、翌日以降への延期 |
| ⑥ 個別事情 | 居住地域の危険、通勤距離・移動手段、本人の状況 |
業務の必要性(④)は、第2話で整理した重要業務・目標復旧時間(RTO)と結びつけておくと判断がぶれません。RTOに余裕がある業務まで、危険を冒して当日現地で行う理由は乏しいからです。
出社判断マトリクス
6項目を組み合わせた、社内判断用の例です。
| 災害リスク | 交通 | 業務必要性 | 代替手段 | 基本対応例 |
|---|---|---|---|---|
| 低 | 通常 | 通常 | 不要 | 通常勤務 |
| 中 | 一部影響 | 通常 | あり | 時差出勤・在宅勤務を優先 |
| 中 | 一部影響 | 通常 | なし | 出社可能な者に限定し、時差出勤。無理な移動を求めない |
| 高 | 大幅停止 | 通常 | あり | 原則出社させず在宅勤務・自宅待機・延期 |
| 高 | 大幅停止 | 緊急業務 | なし | 緊急要員に限定し、移動手段・待機場所・交代など安全対策を個別に検討。確保できなければ遠隔対応・他拠点・代替要員を検討 |
最下段は「高リスク+緊急業務なら出社させてよい」という意味ではありません。安全を確保できないなら、緊急業務であっても出社以外の方法を探すのが原則です。
災害時勤務判断フロー
- 災害・防災気象情報・被害情報を把握
- 勤務先・通勤経路は安全か?
→ NO:原則として移動させない(自宅待機・会社待機)/安全確保を優先 - YES または条件付き:現地で「今」行う必要がある業務か?
→ NO:在宅勤務・時差出勤・待機・延期 - YES:安全な移動方法を確保できるか?
→ NO:代替要員・他拠点・遠隔対応 - YES:必要最小限の要員を出社させる
- 状況を継続的に再評価し、勤務方針を更新する
誰がこの判断を下すのか(本社か拠点長か、社長不在時は誰か)は、第3話の意思決定権限の設計とそろえておきます。
台風・大雨・大雪は「危険になる前」に勤務方針を決める
予測しやすい災害と突発型災害を分ける
勤務判断を考えるうえで、災害を二つに分けると整理しやすくなります。
予測しやすい災害台風、大雨、大雪、それに伴う鉄道の計画運休
突発型災害地震、突発的な大規模停電など
台風・大雨・大雪は、数日前から進路や雨量の予測が出ます。被害が出てから考えるのではなく、前日 → 当日早朝 → 状況更新という時間軸で判断できるのが最大の特徴です。
2026年からの防災気象情報に注意
気象庁は、2026年5月29日から新たな防災気象情報の運用を始めています。河川氾濫・大雨・土砂災害・高潮に関する情報は、避難情報の5段階の警戒レベルに対応する形に整理され、情報名にレベルの数字が付くようになりました。例えば、従来の大雨警報は「レベル3大雨警報」という名称になっています。
また、警戒レベル4に相当する情報として「危険警報」(例:レベル4大雨危険警報、レベル4土砂災害危険警報、レベル4氾濫危険警報)が新設されました。レベル5相当は特別警報です。一方、暴風や大雪などの警報・注意報には、レベルの数字は付きません。
社内のBCPマニュアルや勤務規程に「大雨警報(土砂災害)が出たら」など旧名称のまま基準を書いている場合は、見直しが必要です。
何を見て判断するか
勤務判断に使う情報の例は次のとおりです。テレビの天気予報だけでなく、公的な地域別の危険情報を使うのがポイントです。
- 気象庁の警報・危険警報・特別警報、気象防災速報など
- キキクル(大雨による災害の危険度分布)
- 自治体の避難情報(高齢者等避難、避難指示など)
- 河川の水位情報、道路の通行止め情報
- 鉄道会社の計画運休・運行情報
- 自社拠点周辺・主要な通勤エリアのハザードマップ
ただし、「特定の警報が出たら会社は必ず休業しなければならない」という全国一律の法的ルールはありません。警報の種類は重要な判断材料ですが、それだけで機械的に結論を出すのではなく、6項目で総合判断します。
避難情報と出社判断の関係
内閣府の「避難情報に関するガイドライン」は2026年3月に改定され、新たな防災気象情報の運用開始にあわせて警戒レベル相当情報の整理・名称変更が反映されました。
自治体が避難指示を出している地域や、警戒レベル4相当の危険警報が出ている地域について、会社として「その地域の社員に出社命令を維持するのが適切か」を再検討するのは当然の流れです。
ただし、住民向けの避難情報と、会社の労務上の出社判断はイコールではありません。勤務先周辺は安全でも、従業員の自宅や通勤経路が避難対象区域になっていることはよくあります。拠点の所在地だけでなく、従業員が実際に移動する経路の危険を考えてください。
計画運休のときは「別ルートで来て」にしない
国土交通省は、鉄道の計画運休に備えて、企業に時差通勤・テレワークの活用を呼びかけています。運転再開後しばらくは列車本数が少なく輸送力が限られるため、駅の混乱を避けるには利用者側の需要抑制が重要だ、という考え方です。
ここから導かれる実務は二つです。
- 「電車が止まったら自己責任で別ルートを探して来てください」と一律にしない。時差出勤、在宅勤務、自宅待機、出社拠点の変更、出社不要業務の停止を先に検討する。
- 「運転再開=直ちに全員出社」としない。再開直後は混雑しやすいため、再開後の時差出勤も選択肢に入れる。
大地震後は「すぐ全員帰宅」が正解ではない
一斉帰宅抑制とは
台風と逆の発想が必要になるのが、大規模地震です。
内閣府の帰宅困難者対策ガイドライン(2026年1月版)は、大規模地震発生時には「むやみに移動を開始しない」という一斉帰宅抑制の基本原則を徹底することが不可欠だとし、企業等における従業員の施設内待機や、そのための備蓄を進めるよう求めています。
公共交通機関が止まった状態で大量の人が一斉に徒歩で帰宅を始めると、救急車などの緊急車両の通行や救命・救助活動の妨げになり、混雑による転倒や余震・火災に巻き込まれるなどの二次被害のおそれもあるためです。同ガイドラインは、行政機関は発災後3日目まで救命救助・消火活動などを中心に対応し、4日目以降に帰宅支援の体制へ移行していくことを前提としています。
したがって、「地震 → 交通機関停止 → 終業時刻なので全員帰宅」という判断は避けてください。
「必ず3日間会社に泊める」全国ルールではない
一方で、すべての企業が法律上、従業員を3日間会社に留め置かなければならない、というルールはありません。
同ガイドラインも、災害の規模や被害状況によっては3日目までに帰宅支援ができる場合もあり、4日目以降でないと帰宅させてはならないというものではない、としています。実際には、施設の安全性、周辺の危険、交通状況、従業員の居住地、家族の事情、災害の状況を踏まえて判断します。また、地域によっては自治体の条例で事業者の努力義務が定められています。
コラム
東京都の例(地域限定のルール)
東京都帰宅困難者対策条例では、都内の事業者について、次のような努力義務を定めています。
- 大規模災害の発生時に、施設・設備の安全性と周辺の状況を確認のうえ、施設内での待機の指示などにより、従業者の一斉帰宅の抑制に努めること(第7条1項)
- 施設内待機を維持するため、従業者の3日分の飲料水・食糧などの備蓄に努めること(第7条2項)
- 従業者の施設内待機に係る方針や安全に帰宅させるための方針などを事業所防災計画等で明らかにし、従業者に周知するとともに、定期的に内容の確認・改善に努めること(第4条4項)
これは東京都の条例に基づく地域のルールであり、全国すべての企業に同じ義務があるわけではありません。他の地域に拠点がある場合は、その自治体の条例・地域防災計画を確認してください。
会社待機を命じるときの注意
「帰宅は危険だから会社にいて」と言うだけでは足りません。待機させる以上、少なくとも次を確認します。
- 建物の安全が確認できているか(余震・火災・浸水を含む)
- 水・食料・毛布、トイレ(簡易トイレを含む)
- 休めるスペース、夜間の照明・空調
- 家族の安否確認手段と、災害・交通情報の提供
- 持病や服薬、妊娠中など配慮が必要な人への対応
- 長時間化したときの交代・休息
なお、会社待機の時間が労働時間に当たるかどうかは、その時間に会社の指揮命令下に置かれているかなど、具体的な状況によって判断されます。本記事ではこの論点があることの指摘にとどめます。
帰宅させる場合も「今すぐ全員」か「泊まり」の二択にしない
帰宅させる場合は、交通機関、徒歩帰宅ルート、道路の状況、余震、火災、浸水、夜間かどうか、帰宅距離を確認します。そのうえで、会社待機、時差帰宅、翌日帰宅、方面別・近距離者からの段階的帰宅といった選択肢を組み合わせます。
台風では逆に「早く帰す」ことが合理的な場面もある
地震時の一斉帰宅抑制と、台風・大雨時の帰宅判断を混同しないでください。
台風では、数時間後に鉄道が計画運休する、河川や道路の危険が高まる、といった見通しが立つことがあります。その場合、危険が高まってから帰すのではなく、早めの退勤、在宅勤務への切替え、時差勤務が合理的なことがあります。
つまり、地震では「むやみに移動させない」、台風では「危険になる前に移動を終える」ことが合理的な場面があるということです。どちらも最終的には個別の状況次第です。
緊急要員なら出社させてよい?
設備保安、インフラ維持、データセンター、警備、災害対策本部、医療・介護などでは、災害時にも現地要員が必要になることがあります。業務上の必要性が高いのは確かです。
しかし、緊急要員だからといって安全配慮義務がなくなったり弱くなったりするわけではありません。「緊急要員だからどんな状況でも来て」は、必要性だけを見て安全配慮を飛ばした判断です。
緊急時になって突然「近いから出社してください」と決めるのではなく、平時に次を準備しておきます。
- 誰を緊急要員とするか、何人必要か
- 近隣居住者を優先できないか、代替要員は誰か
- 安全な移動手段(会社手配の車両、前日からの宿泊など)
- 待機・宿泊場所、交代のサイクル
- 防護具、食料・水、連絡手段
緊急要員リストのひな形
| 重要業務 | 必要人数 | 緊急要員 | 代替要員 | 出社必須理由 | 移動手段 | 待機・宿泊 | 交代 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 受変電設備の監視・保安 | 2名 | A(徒歩15分)、B(車20分) | C、D | 遠隔監視では異常時の現地操作ができない | 徒歩/会社手配車両。冠水区間は通行しない | 前日から近隣ホテル、または拠点内仮眠室 | 12時間ごと |
在宅勤務へ切り替えるときの注意
在宅勤務でも労務管理と安全配慮は続く
災害時の代替手段として、在宅勤務は非常に有力です。ただし、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(2021年3月改定版。2026年9月25日時点でこれが最新版です)が示すとおり、テレワークでも労働基準関係法令は適用され、労働時間の把握、安全衛生への配慮、情報セキュリティへの配慮が必要です。
また、同ガイドラインは、テレワークのルールを就業規則に定めること、テレワークを予定している場合には自宅など就業可能な場所を明示することなどにも触れています。在宅勤務規程がない会社が、災害当日に初めて在宅勤務を指示すると、労働時間や費用負担、情報管理のルールが曖昧なまま動くことになります。厚生労働省のテレワークモデル就業規則(2025年7月改訂版)も参考に、平時に整えておきましょう。
そして当然ですが、自宅そのものが危険な場合や避難対象となっている場合は、業務ではなく安全確保・避難を優先します。自宅は安全でも停電・通信障害などで業務ができない場合は、自宅待機などを検討します。
「災害時は在宅勤務」と書くだけではBCPにならない
BCPに「災害時は在宅勤務に切り替える」と書くだけでは、実際には動きません。次を確認しておきます。
- 対象業務は在宅でできるか(押印・紙原本・現物確認が必要ではないか)
- 会社PCを持ち帰れるか、前日に持ち帰る運用があるか
- VPNや認証システムに多数が同時接続できるか
- 自宅に電気・通信があるか(停電・通信障害時の代替手段)
- 必要な資料・システムにアクセスできるか
- 承認・決裁が電子的に回るか、代表電話の転送はできるか
出社できない社員を欠勤・懲戒扱いにできる?
「災害なら欠勤にならない」も「必ず懲戒」も誤り
「鉄道が運休して出社できない」「自宅周辺に避難指示が出ている」「道路が冠水している」「本人が危険だと判断して出社しなかった」——こうした場面で、次の両極端の断定はどちらも誤りです。
- 「災害なら、どんな場合も無断欠勤にならない」
- 「出社命令に従わなければ、必ず懲戒できる」
評価にあたっては、少なくとも次を確認します。
- 会社からどのような勤務指示が、いつ、どの手段で出ていたか
- 従業員が会社へ連絡したか(連絡できる状況だったか)
- 実際に出社可能だったか。交通・避難情報など客観的な危険状況
- 在宅勤務など代替勤務が可能だったか、その指示があったか
- 就業規則の定め(遅刻・欠勤の届出、災害時の取扱い)
- 本人の行為・対応の内容
懲戒は労働契約法15条の枠内で
労働契約法15条は、使用者が懲戒できる場合でも、その懲戒が、労働者の行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、権利濫用として無効になると定めています。
鉄道の運休、避難情報、道路の遮断、自宅周辺の危険といった事情があるのに、「出社しなかった」という事実だけを取り出して即座に懲戒するのは、合理性・相当性の点で大きなリスクがあります。
一方で、「従業員は災害時、いつでも自由に出社命令を拒否できる」という一般化も正しくありません。安全が確認され、合理的な範囲で必要性の高い業務指示が出ている場合に、正当な理由なく連絡もせずに応じない、といった事案では評価が変わり得ます。結局は個別判断です。
安全上の勤務判断と賃金の判断は別問題
ここで必ず分けておきたいのが、「安全のためにどの勤務形態にするか」と「その日の賃金・休業手当をどう扱うか」は別の問題だという点です。会社が休業を決めた場合、自宅待機を命じた場合、在宅勤務にした場合、従業員が自ら出社できなかった場合では、賃金面の法的評価が異なります。
よくある失敗が、「休業手当がかかるから出社させる」という、賃金を理由に安全判断を曲げるパターンです。まず安全上の勤務判断を行い、賃金の扱いはその後に別途確認してください。
同様に、「今日は全員、年次有給休暇扱いにします」と会社が一方的に処理すればよい、というものでもありません。年次有給休暇には労働基準法上のルールがあります。休業手当(労働基準法26条)や有休の扱いは、第7話で詳しく解説します。
個別事情はどこまで見るか
全社員に同じ結論を出す必要はありません。徒歩5分の社員と、片道90分で複数路線を使う社員、浸水想定区域に住む社員、緊急要員、在宅でできる業務の社員、現場作業が必須の社員では、状況が違います。
ただし、個人的な属性に基づく恣意的・差別的な運用は避けるべきです。「業務の必要性」「移動上の危険」「代替手段の有無」といった客観的な要素で判断基準を規程化しておくことが、公平性と説明責任の両方につながります。
ケース1|台風と計画運休:前日・当日朝・当日10時に何を決める?
設例
- 翌日、大型台風が首都圏へ接近予定。夕方から鉄道の計画運休が予定されている
- 午前中から大雨の危険度が上がる予測
- 本社建物は通常営業可能
- 社員200人(事務職160人は在宅勤務可能、現場対応20人、設備保守・緊急対応要員20人)
- 一部の社員は河川沿い・土砂災害のおそれがある区域の近くに居住
| 時点 | 確認する情報 | 判断・通知の例 |
|---|---|---|
| 前日17時 | 台風の進路予報、鉄道の計画運休の予告、早期注意情報、主要通勤エリアのハザード | 事務職160人は翌日在宅勤務を基本方針として通知し、会社PCの持ち帰りを指示。現場対応20人は作業延期の可否を顧客と調整。緊急要員は近隣居住者を中心に編成し、遠方者は前泊または不参加とする。河川沿い等の居住者を把握し、個別に連絡 |
| 当日6時 | 警報・危険警報、キキクル、自治体の避難情報、鉄道の運行計画 | 方針を更新して一斉通知。延期できない現場業務は、移動の安全を確認できる者に限定し午前中で切り上げる。避難情報が出ている地域の社員は出社・在宅にこだわらず安全確保を優先 |
| 当日10時 | 危険度の上昇、計画運休の開始時刻の確定、道路情報 | 出社中の社員は計画運休開始の数時間前までに退勤させる。緊急要員は交代・宿泊体制へ移行。翌日の運転再開直後は時差出勤とする方針を予告し、次回更新時刻を通知 |
ポイントは、判断を「前倒し」し、「更新時刻」をあらかじめ示すことです。社員は次にいつ情報が来るかがわかれば、自分で無理に動く必要がなくなります。
ケース2|大地震後、社員150人を帰宅させる?
設例
平日午後3時、大規模地震が発生。本社建物は安全確認済み。鉄道は全面停止、周辺道路は大混雑。社員150人が社内にいて、翌朝まで鉄道再開の見込みは不明。
ここで「終業時刻になったから全員帰宅」とするのは避けるべきです。考えられる対応は次のとおりです。
- 原則として会社待機とし、備蓄品を配布。待機場所と休息の割り振りを決める
- 災害・交通・火災の情報を収集し、定期的に社内へ共有する
- 社員が家族の安否を確認できる手段を確保する(災害用伝言サービス等)
- 家族の事情などで帰宅を強く希望する社員には、経路の危険を説明したうえで個別に相談する
- 救命・救助活動が落ち着き、安全が確認できた段階で、方面別・近距離者からの段階的帰宅や、交通再開後の時差帰宅を行う
発災直後の安否確認や対策本部の立ち上げは、第5話で解説しています。
平時に作る「災害時勤務ルール」
ここまでの判断を災害当日にゼロから行うのは困難です。平時に、次の事項を文書化しておきます。
- 誰が勤務方針を決定するか(代行者を含む)
- どの情報を判断材料にするか(気象庁、自治体、鉄道会社など)
- 誰が緊急要員か、その移動・待機・交代の方法
- 在宅勤務へ切り替える条件と手順
- 出社できない場合の連絡方法と連絡先
- 会社待機・帰宅の判断基準と帰宅順序
- 勤務方針の通知方法と更新のタイミング
関連する文書は、BCP、危機管理規程、就業規則、在宅勤務規程、職務権限規程、緊急連絡網などです。規程ごとに書きぶりが違うと、当日に「どれが正しいのか」で混乱します。規程間の整合性を確認してください。
従業員への勤務方針通知に入れる項目
災害時勤務方針通知チェック
- ☐ 対象者(全社員/拠点・部署/職種)
- ☐ 対象日・時間帯
- ☐ 勤務形態(通常出社/時差出勤/在宅勤務/自宅待機 等)
- ☐ 緊急要員の扱い
- ☐ 出社できない場合の連絡先・連絡方法
- ☐ 交通機関が止まった場合の対応
- ☐ 出社途中に危険を感じた場合の対応(無理に進まず安全確保・連絡)
- ☐ 次回の更新予定時刻
- ☐ 会社の緊急連絡先
- ☐ 賃金等の取扱いを別途案内する場合は、その旨
勤務判断の記録
第5話の「初動対応ログ」と同じ考え方で、勤務判断も記録します。記録すべき項目は、判断日時、判断者、対象拠点、対象従業員、参照した防災情報、交通状況、業務上の必要性、代替手段、決定内容、次回見直し時刻です。
例えば「台風のため出社禁止」だけでなく、次のように判断根拠を残します。
「○時時点で鉄道が○時から計画運休予定、○地域でレベル4土砂災害危険警報の発表可能性あり。対象業務は在宅対応可能なため、○時から在宅勤務へ変更」
後から判断の妥当性を説明する場面や、保険・損害の整理(第13話)にも役立ちます。
災害時勤務判断チェックリスト
危険情報
- ☐ 気象庁の防災気象情報(警報・危険警報・特別警報、キキクル)
- ☐ 自治体の避難情報
- ☐ 拠点周辺の状況
- ☐ 主な通勤経路の状況
- ☐ 交通機関の運行・計画運休
業務
- ☐ 本日、現地で行う必要があるか
- ☐ RTO(目標復旧時間)との関係
- ☐ 緊急要員の業務か
- ☐ 延期できるか
代替
- ☐ 在宅勤務
- ☐ 時差出勤・時差退勤
- ☐ 他拠点
- ☐ 代替要員
従業員
- ☐ 出社可能性
- ☐ 安全な移動手段
- ☐ 居住地域・経路の個別の危険
- ☐ 連絡がとれているか
判断
- ☐ 通常 ☐ 時差 ☐ 在宅 ☐ 自宅待機 ☐ 出社停止 ☐ 緊急要員のみ ☐ 会社待機・段階帰宅
連絡・記録
- ☐ 対象者へ通知
- ☐ 次回更新時刻を明示
- ☐ 判断根拠を記録
BCP全体を横断したチェックリストは第15話にまとめています。
よくある失敗
| 失敗 | 何が問題か |
|---|---|
| 1. 「警報が出ていないから通常出社」 | 地域別の危険情報や計画運休の予定を見ていない |
| 2. 「電車が止まっても別ルートで来て」 | 代替勤務を検討せず、移動の危険と駅の混雑を増やす |
| 3. 台風が最接近してから帰宅させる | 予測できたのに判断が遅れ、最も危険な時間帯に移動させる |
| 4. 大地震後に全員一斉帰宅 | 帰宅困難者の増加、群集事故、救命活動の阻害につながる |
| 5. 「緊急要員だから必ず来て」 | 緊急性だけを見て、移動・待機の安全対策を飛ばしている |
| 6. 「全社員テレワーク」で終わる | 自宅の被災、通信・システム、業務適性を確認していない |
| 7. 出社しなかった社員を即座に懲戒 | 個別事情や、懲戒の合理性・相当性を確認していない |
| 8. 安全判断と賃金判断を混同 | 「休業手当が発生するから出社させる」など、安全より賃金を優先している |
| 9. 管理職個人の感覚で判断 | 基準がなく、拠点・部署ごとに対応がばらつき、説明もできない |
FAQ
Q. 台風でも会社は出社を命じられますか?
A. 一律に禁止されるわけではありませんが、無条件に命じられるわけでもありません。業務上の必要性に加え、職場・通勤経路の危険、交通状況、在宅勤務など代替手段の有無、対象者の事情を踏まえて判断します。代替手段がある業務について、危険な時間帯に出社を求める合理性は乏しくなります。
Q. 大雨警報が出たら会社は休みにしなければなりませんか?
A. 特定の警報が出たら必ず休業しなければならない、という全国一律の法的ルールはありません。ただし、2026年5月からは「レベル3大雨警報」「レベル4大雨危険警報」のようにレベルの数字が付いた情報になっています。レベルや地域の危険度、避難情報、通勤経路を確認し、在宅勤務・時差・自宅待機を含めて判断してください。社内基準を旧名称のまま定めている場合は見直しが必要です。
Q. 電車が止まって出社できない社員を欠勤扱いにできますか?
A. 一律には決まりません。会社の勤務指示の内容、本人の連絡の有無、実際に出社可能だったか、代替勤務ができたか、就業規則の定めなどを確認します。なお、欠勤かどうかという勤怠上の扱いと、その日の賃金・休業手当の問題は分けて検討します(第7話)。
Q. 地震後は社員をすぐ帰宅させたほうがよいですか?
A. 大規模地震では、「むやみに移動を開始しない」という一斉帰宅抑制が国の基本的な考え方です。建物が安全なら会社待機を基本に、情報収集と家族の安否確認を行い、安全が確認できた段階で段階的に帰宅させる方法が考えられます。ただし、法律上一律に3日間留め置く義務があるわけではなく、個別の状況で判断します。
Q. 緊急要員なら危険な状況でも出社させられますか?
A. 緊急要員であっても安全配慮義務はなくなりません。必要性が高いことは出社判断の重要な要素ですが、安全な移動手段・待機場所・交代要員などを確保できない場合は、遠隔対応、他拠点、代替要員などを検討します。平時に緊急要員リストを作り、近隣居住者の優先や前泊の運用を決めておくことが重要です。
Q. 災害時に会社が在宅勤務を命じることはできますか?
A. 就業規則や在宅勤務規程に根拠があり、業務の内容・自宅の環境から合理的な範囲であれば、在宅勤務への切替えは有力な選択肢です。ただし、規程がない場合は労働時間管理や費用負担、情報管理のルールが曖昧になりやすく、また自宅が被災・停電している場合まで在宅勤務を求めるのは適切ではありません。平時にルールを整えておくことが前提です。
まとめ
- 災害時の出社命令には、一律のYes/Noはありません。
- 会社は業務の必要性だけでなく、労働契約法5条の安全配慮義務を踏まえて勤務方針を決めます。
- 警報の名称だけで機械的に判断せず、地域の危険・通勤経路・交通・代替手段・個別事情を見ます。
- 台風のように予測できる災害では、危険になる前に在宅・時差・早期退勤を決めます。
- 大地震では、終業時刻だからと一斉に帰宅させるのが安全とは限りません。
- 緊急要員にも安全配慮は必要です。
- 在宅勤務は有力な代替手段ですが、システム・労務管理・自宅の安全の確認が前提です。
- 出社できなかった社員を機械的に懲戒しないでください。
- 安全上の勤務判断と、賃金・休業手当の判断は別問題です。
- 判断根拠を記録し、状況が変われば勤務方針も更新します。
では、安全を優先して会社が休業や自宅待機を決めた場合、その時間の給与はどうなるのでしょうか。休業手当は必要なのか、不可抗力として扱えるのか。次の第7話で解説します。
参考資料
※本記事は2026年9月25日時点の法令・公的資料に基づく一般的な解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。具体的な判断にあたっては、自社の就業規則・BCP、所在地の自治体のルール、最新の防災情報を確認し、必要に応じて弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
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