災害で納品できないと契約違反?不可抗力・債務不履行の判断
LegalGPT|BCP・危機管理
第8話
災害・事業停止に備える企業法務BCP
緊急時の判断と対応|全15話
災害で納品できないと契約違反?不可抗力・債務不履行の判断
条文はe-Gov法令検索の現行民法に基づいて整理しています。個別の契約・事案の判断は、契約書原本と事実関係を確認のうえ、必要に応じて弁護士へ相談してください。
大きな地震の翌朝、営業担当者から法務部に電話が入ります。
「工場が止まっていて、10月1日の納品に間に合いそうにありません。でも地震ですから不可抗力ですよね?うちに責任はないと先方に言っていいですか?」
気持ちは分かります。しかし、この質問に「はい、不可抗力なので責任はありません」と即答するのは危険です。
第5〜7話では、災害直後の初動、従業員の出社・帰宅・在宅勤務、休業手当と、主に会社内部・従業員対応を扱いました。第8話からはテーマを「取引先との契約対応」へ移します。
本記事の中心は、災害による納品不能・納期遅延について、民法上の債務不履行・履行不能・損害賠償・解除・危険負担と、契約上の不可抗力条項をどう切り分けて判断するかです。
注意:第7話の「不可抗力」とは別の話です
第7話で扱った「不可抗力」は、労働基準法26条の休業手当における「使用者の責に帰すべき事由」があるかどうかという労働法上の問題でした。本記事の「不可抗力」は、民法415条等の契約責任と、契約書に定められた不可抗力条項の問題です。同じ言葉でも、根拠となる規定・要件・効果が同じとは限りません。休業手当の結論を、そのまま取引先への契約責任に当てはめないでください。
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災害で納品できないと契約違反になる?
結論から言うと、「災害が発生した=自動的に契約責任がなくなる」わけではありません。また、「不可抗力=契約上のすべての義務が消える」わけでもありません。
「地震だから不可抗力」「台風だから不可抗力」と、災害の名前だけで結論が決まることはありません。見るべきなのは、次の順序です。
締結済みの契約書 → 自社が負っている債務の内容 → その債務が実際に履行できるか → 履行できないことについて自社に帰責事由があるか
そして、災害で納品できないときには、少なくとも次の7つの問題が同時に発生しています。
| 問題 | 主な根拠 | 考えること |
|---|---|---|
| ① 約束した債務を履行できるか | 契約書 | 何を・いつ・どこで・どの方法で引き渡す約束か |
| ② 一時的な遅延か、履行不能か | 民法412条・412条の2(定期行為は542条1項4号) | 後日履行できるか、納期経過で契約目的を失うか |
| ③ 損害賠償責任を負うか | 民法415条・416条、契約の責任制限 | 帰責事由の有無、賠償範囲 |
| ④ 相手方は契約を解除できるか | 民法541条〜543条、契約の解除条項 | 帰責事由とは別に判断 |
| ⑤ 相手方は代金等を拒めるか | 民法536条、売買の個別規定 | 反対給付・危険負担 |
| ⑥ 不可抗力条項は何を定めているか | 契約書 | 対象事象・要件・効果 |
| ⑦ 残る義務はないか | 契約書・信義則 | 通知、損害軽減、代替履行、協議 |
この7つを混同すると、「損害賠償責任がないのだから、契約も解除されないし代金ももらえる」といった誤った結論になりがちです。以下、順に確認します。
最初に契約書の不可抗力条項を確認する
災害時の契約責任を判断するときは、民法から読み始めるのではなく、まず締結済みの契約書を確認します。当事者が契約でリスク分担を定めていれば、それが判断の出発点になるからです。民法の規定は、契約で定めていない部分や、契約の解釈が必要な部分を補う形で働きます。
契約書で確認する条項
| 条項 | 災害時に見るポイント |
|---|---|
| 不可抗力条項 | 対象事象、要件、効果、通知、長期化時の扱い |
| 納期・履行期限 | 確定日か、「○日頃」か、変更手続があるか |
| 納品場所・引渡条件 | 持込みか引取りか、輸送手配はどちらか |
| 仕様・品質承認 | 代替部品・代替品に顧客承認が必要か |
| 代替品・代替履行 | 代替手段の提案・採用の手続 |
| 通知義務 | 期限、方法、報告内容 |
| 損害賠償・責任制限 | 範囲、上限、逸失利益・間接損害の除外 |
| 解除 | 約定解除事由、催告の要否 |
| 再委託・調達先指定 | 特定仕入先の使用義務があるか |
| 供給継続・BCP条項 | 供給継続努力、優先供給、在庫保有義務 |
| 準拠法 | 日本法か。海外取引では特に重要 |
「不可抗力」は魔法の言葉ではない
日本の民法には、契約責任全般について「不可抗力なら免責」と定めた一般規定はありません(後述の金銭債務の特則では「不可抗力」という言葉が使われています)。契約書の「不可抗力」は、その契約で当事者が定義した概念です。したがって、契約文言から要件と効果を読み取る必要があります。
特に重要なのは、災害が起きただけでは足りず、その災害が実際に当該債務の履行を妨げたことです。
不可抗力条項で確認する7項目
以下は、政府が定めた公式の7項目ではなく、LegalGPTによる実務上の整理です。
| 項目 | 確認すること |
|---|---|
| ① 対象事象 | 地震、台風、洪水、火災、停電、感染症、政府措置等が列挙されているか。「その他当事者の合理的支配を超える事由」等の包括文言があるか |
| ② 支配可能性・帰責性 | 「合理的支配を超える」「予見・回避できない」「当事者の責めに帰さない」等の要件があるか |
| ③ 因果関係 | 「不可抗力により履行できない場合」「影響を受けた範囲に限り」等、履行障害との結び付きを求めているか |
| ④ 通知 | 何日以内、どの方法(書面・電子メール等)で、何を報告するか |
| ⑤ 損害軽減・履行継続努力 | 代替調達、影響軽減、早期復旧の努力義務があるか |
| ⑥ 法的効果 | 責任免除か、履行猶予か、期限延長か。どの義務が対象か(金銭債務を除外しているか) |
| ⑦ 長期化した場合 | 一定期間継続した場合の解除権、再協議、価格見直し |
「地震」と列挙されているだけで即免責とは限らない
例えば、契約に次のような条項があるとします。
「地震、台風、洪水その他の天災地変により本契約の全部又は一部の履行が遅延し又は不能となったときは、当事者はその責任を負わない。」
地震が列挙されていることは重要です。しかしこの条項は、「地震により履行が遅延し又は不能となった」ことを要件としています。つまり、地震と履行障害との因果関係が必要です。地震の前から設備が故障していて、そもそも間に合わない状況だった場合には、地震による遅延とはいえない可能性があります。
また、「不可抗力の影響を受けた義務の履行を猶予する」という条項であれば、効果は責任免除ではなく履行猶予です。影響を受けていない部分の義務は残ります。
効果は「自動終了」でも「必ず継続」でもない
不可抗力条項の効果は契約ごとに異なります。「不可抗力が発生したら契約は自動的に終了する」とも、「不可抗力なら契約は必ずそのまま続く」とも言えません。履行義務の一時停止、期限延長、責任免除、一定期間継続した場合の解除権など、条項に書かれた「効果」を必ず確認してください。
なお、不可抗力条項の設計方法(新たに契約書へどう書くか)は第14話で扱います。本記事は、すでに締結済みの契約を災害発生後にどう読むかに集中します。
不可抗力条項がない場合はどうなる?
「不可抗力条項がない=必ず損害賠償責任を負う」わけではありません。
契約に特別な定めがなくても、民法415条(損害賠償)、412条の2(履行不能)、541条以下(解除)、536条(危険負担)等のルールが適用されます。特に415条1項ただし書は、債務不履行が債務者の責めに帰することができない事由による場合には損害賠償責任を負わないと定めています。
したがって、「不可抗力条項の有無」と「民法上の責任の有無」は別の問題です。条項がなくても民法上免責される場合はあり、条項があっても要件を満たさなければ免責されません。
民法415条|災害でも損害賠償責任を負う?
条文の構造
現行民法415条1項は、概ね次の構造になっています。
原則債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき、または債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求できる。
例外(ただし書)その債務不履行が、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
ポイントは2つあります。
第一に、判断基準は「不可抗力かどうか」という言葉ではなく、契約の内容と取引上の社会通念に照らして、債務者の責めに帰することができない事由かどうかです。2020年4月施行の改正民法で、帰責事由の判断が契約の趣旨を踏まえて行われることが条文上明確になりました。
第二に、ただし書という形式から、帰責事由がないことは債務者側(納品できなかった会社側)が主張・立証するのが基本と理解されています。「災害があった」と言うだけでは足りず、自社が何を約束し、何が起き、何ができなかったのかを説明できる必要があります。
「債務者の責めに帰することができない事由」をどう見るか
同じ地震でも、事案によって評価は変わり得ます。
| 場面 | 評価の方向性(一例) |
|---|---|
| 通常想定できない規模の地震で自社工場が倒壊し、他に生産手段がない | 帰責事由なしと評価されやすい方向 |
| 一次サプライヤーが被災し部品が届かない | 調達リスクを誰が引き受けていたか、代替調達の可否等により分かれる |
| 災害前から設備故障が判明していたのに放置し、災害時に停止 | 災害だけが原因とはいえず、帰責事由が問題になり得る |
| 他工場や在庫で対応可能だったのに検討しなかった | 対応可能だった範囲について帰責事由が問題になり得る |
実務で整理すべき事情は、次のとおりです。
- 契約でどの範囲の供給リスクを引き受けていたか(在庫保有義務、供給保証、調達先指定など)
- 代替調達が可能だったか、可能だとしてどの程度の時間・費用がかかるか
- 他工場・他ラインで生産可能だったか
- 在庫はあったか
- 輸送ルートを変更できたか
- 災害前から重大な供給障害が予測されていたか
- 障害発生後に合理的な対応をしたか
- 履行期限を延長すれば履行可能なのか
ただし、「代替調達できたなら必ず帰責事由あり」という機械的な結論にはなりません。契約内容、取引慣行、追加コストの規模、必要な時間、顧客承認の要否等を含めた個別判断です。
履行遅滞中に災害が起きた場合に注意
見落としやすいのが民法413条の2第1項です。債務者がすでに履行遅滞に陥っている間に、当事者双方の責めに帰することができない事由で履行不能になった場合、その履行不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなされます。
つまり、「本来の納期を過ぎて遅れていた最中に地震が来た」という場合は、「地震のせいだから免責」とは言いにくくなります。災害発生時点で自社が納期内だったのか、すでに遅延していたのかは、必ず確認してください。
では契約担当者は何を確認するのか。「災害があった」という事実ではなく、「当社は何を約束していたか」「災害がその約束の履行をどう妨げたか」「当社にできたことは何か」「災害時点で納期を過ぎていなかったか」を、記録とともに整理することです。
納期遅延と履行不能は違う
「納品できない」という一言には、性質の異なる2つの状態が含まれています。
| 納期遅延(履行遅滞) | 履行不能 | |
|---|---|---|
| 状態 | 期限には間に合わないが、後日履行できる | 履行することが不能 |
| 例 | 工場が一時停止したが、1週間後なら納品できる | 特定物が滅失した/法令上実施できなくなった/契約内容・社会通念に照らして履行不能と評価される |
| 債権者の履行請求 | 引き続き請求できる | 請求できない(412条の2第1項) |
| 解除 | 原則として催告が必要(541条) | 全部不能なら催告なしに解除可(542条1項1号) |
なお、「特定日時までに履行しなければ契約目的を達成できない」場合は、後日の履行が物理的に可能でも、民法542条1項4号により催告なしに解除できる場合があります。履行不能と、定期行為による解除は区別して確認します。
民法412条の2|履行不能
民法412条の2第1項は、債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者はその債務の履行を請求することができないと定めています。
重要なのは、「物理的に絶対不可能」な場合だけが履行不能ではないという点です。契約の目的や社会通念に照らして、もはや履行を求めることが相当でない場合も含まれ得ます。
一方で、単に「履行が面倒」「原材料が高騰した」「赤字になる」というだけで当然に履行不能になるわけではありません。特に、市場で同種品を調達できる種類物(規格品・汎用品など)の引渡債務は、特定の物が滅失しても、他から調達して引き渡す余地があるため、履行不能とは評価されにくいのが通常です。
履行不能と損害賠償は別問題
履行不能になれば債権者は履行を請求できなくなりますが、損害賠償責任まで当然に消えるわけではありません。415条で、その履行不能について債務者に帰責事由があるかを別途判断します。
例えば、災害前から設備の不具合が判明していたのに修理を先送りし、その設備が災害時に損壊して生産できなくなった場合、災害だけが原因とはいえないとして帰責事由が問題になり得ます。逆に、帰責事由のない災害による履行不能であれば、損害賠償責任を負わない可能性があります。
では契約担当者は何を確認するのか。「いつなら履行できるのか」という復旧見込みです。後日履行が可能なら原則として「遅延」、契約内容・社会通念に照らして履行できないと評価されるなら「不能」の可能性を検討します。あわせて、納期を過ぎると契約目的を達成できない定期行為に当たるかも確認します。これらの区別によって、解除の要件も変わります。
不可抗力でも契約解除されることがある
本記事で最も重要な論点の一つです。
現行民法では、債務不履行を理由とする契約解除に、原則として債務者の帰責事由は要求されません。
したがって、「不可抗力で債務者に責任がない」から「相手方も契約を解除できない」とは限りません。
旧民法下では、解除には債務者の帰責事由が必要と説明されることがありました。しかし2020年4月施行の改正民法では、解除は「債務者への制裁」ではなく「債権者を契約の拘束から解放する制度」と位置付けられ、帰責事由は解除の要件から外れています。災害時の実務でこの点を誤ると、相手方からの解除通知に対して誤った反論をしてしまいます。
民法541条|催告による解除
当事者の一方が債務を履行しない場合、相手方が相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときは、相手方は契約を解除できます。ただし、その期間を経過した時の債務不履行が、契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは解除できません。
民法542条|催告によらない解除
542条1項は、催告なしに直ちに契約全部を解除できる場合として、次の5つを定めています。
- 債務の全部の履行が不能であるとき
- 債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき
- 債務の一部の履行が不能である場合、または債務者が一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき
- 契約の性質または当事者の意思表示により、特定の日時または一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき
- その他、債務者が履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき
また542条2項は、債務の一部の履行が不能であるときや、一部の履行拒絶の意思が明確に表示されたときに、催告なしに契約の一部を解除できると定めています。
民法543条|債権者に帰責事由がある場合
債務不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は541条・542条による解除をすることができません。つまり、解除の場面で問題になるのは債務者の帰責事由ではなく、債権者側の帰責事由です。例えば、顧客が代替品の承認手続を不合理に放置したために納品できなかった場合などは、この点が争点になり得ます。
なお、解除した場合でも損害賠償請求は妨げられません(545条4項)。ただし、損害賠償が認められるかは、あくまで415条の帰責事由の判断によります。
例|イベント商品は後から届いても意味がない
イベント用の商品を「10月1日のイベント開始前までに納品」する契約。9月28日に大地震が発生し、納品は10月10日なら可能。しかしイベントは10月1日に終了する。
後日納品できるとしても、イベント後に商品が届いても契約目的は達成できません。このような場合、542条1項4号(定期行為)に当たり、買主は催告なしに解除できる可能性があります。
そして、売主が損害賠償責任を負うかと、買主が契約から離脱できるかは別々に判断します。地震による遅延について売主に帰責事由がなければ損害賠償責任は負わない可能性がありますが、それでも買主は解除できる可能性があります。
では契約担当者は何を確認するのか。「当社は免責されるか」だけでなく、「相手方は解除できるか」「約定解除事由に該当するか」「不可抗力条項が解除を制限・修正していないか」を別に確認することです。
仕入先が被災した場合も免責される?
自社が顧客に対して納品義務を負っている以上、「うちの仕入先が止まりました」というだけで、当然に顧客への責任が消えるとは限りません。仕入先は自社の履行のために自社が選んだ調達先であり、仕入先の事情が直ちに顧客との関係で免責事由になるわけではないからです。
仕入先被災のケースでは、次の点を確認します。
| 確認事項 | 意味 |
|---|---|
| 特定サプライヤーの使用が契約条件だったか | 顧客による調達先指定は、調達リスクを誰が負担する契約だったかを判断する重要な事情になり得る(ただし、それだけで納期責任を免れるとは限らない) |
| 代替サプライヤーは存在したか | 市場に代替があるか、現実に調達できるか |
| 代替品に顧客承認が必要か | 承認なしに切り替えると仕様違反の問題が生じる |
| 価格差 | 追加費用の規模(次章) |
| 調達リードタイム | 納期までに現実的に切替可能だったか |
| 契約締結時の供給構造 | 単一調達先であることを顧客も認識していたか |
| 不可抗力条項の射程 | 「下請・仕入先の不可抗力」を含むか、除外しているか |
平時のBCPは、災害後の契約責任判断にも関係し得ます。代替調達先をどれだけ把握していたか、在庫をどう持っていたかは、「障害発生後に何ができたか」を説明する材料になるからです。平時の調達先の多重化や代替調達の検討は第4話「サプライチェーンBCPと代替調達」で整理しています。
ただし、「BCPが不十分だった=直ちに債務不履行責任あり」と短絡すべきではありません。BCPの水準は、契約でどこまでの供給リスクを引き受けたか、取引上の社会通念として何が期待されていたかの一事情として考慮されるにとどまります。
代替調達すると赤字になる場合は?
難しい論点です。例えば、通常100万円で調達できる部品が、緊急時には300万円かかる。代替調達自体は物理的には可能。この場合、どう考えるべきでしょうか。
まず、「高いから履行不能」とは当然にはいえません。履行が可能である以上、採算が悪化したことだけで履行義務が消えるわけではありません。
一方で、どこまで追加コストを負担してまで履行すべきかは、次の事情によって変わり得ます。
- 契約内容(供給保証の有無、価格改定条項、不可抗力条項の「合理的努力」の範囲)
- 代金額と追加費用の比較
- 当事者間のリスク配分
- 業界慣行
- 障害の程度・期間
- 追加費用の規模
債権者が受ける利益と比べて著しく過大な費用がかかる場合には、社会通念上の履行不能や帰責事由の評価に影響する余地があるとする見解もありますが、線引きは個別判断です。単なる採算悪化と履行不能を混同しないことが出発点です。
では契約担当者は何を確認するのか。「代替調達の見積り」「顧客への費用負担の相談」「一部納品・納期変更との比較」を記録に残し、顧客と協議することです。一方的に「高いので調達しません」と判断すると、後の紛争で不利になりかねません。協議の進め方は第9話で扱います。
商品は完成しているが物流が止まった場合
商品自体は完成しているが、道路・港湾・航空・鉄道・倉庫が止まり、届けられない場合があります。このとき「商品は完成したのだから、当社は債務を履行した」とは限りません。
債務の内容は契約で決まります。確認するのは次の点です。
- 納品場所:顧客の工場への持込みか、自社倉庫での引渡しか
- 納品方法・輸送手配:輸送を手配するのは売主か買主か
- 代替ルート:別の道路、別の港、陸送への切替えは可能か
- 納期:いつまでに到着する必要があるか
- 物流停止期間:復旧見込みはいつか
- 不可抗力条項:交通・輸送障害が対象事象に含まれるか
売主が顧客先まで届ける約束であれば、完成しただけでは履行は完了していません。逆に、買主が自社倉庫まで引き取りに来る約束で、売主が引渡しの準備をして通知していれば、売主側の履行の提供があったと評価される余地があります。売買では、目的物の引渡し後の滅失・損傷について民法567条の規定も関係するため、「いつ引き渡したか」も記録しておきます。
停電・通信障害で履行が遅れた場合
停電やシステム停止による履行遅延も、契約責任の問題になります。本記事では、不可抗力条項の対象事象に停電・通信障害が含まれるか、非常電源・代替設備・別拠点・手作業による代替が可能だったか、を確認するにとどめます。詳細は第10話「停電・通信障害・システム停止で業務が止まったら?」で扱います。
金銭債務は不可抗力で免責される?
短いですが非常に重要な論点です。
民法419条は金銭債務の特則を定めており、同条3項は、金銭債務の不履行による損害賠償(遅延損害金)について、債務者は不可抗力をもって抗弁とすることができないと定めています。
したがって、「災害で支払システムが止まったので、代金の支払が遅れても不可抗力で一切責任を負わない」とは単純にはいえません。支払遅延については遅延損害金が問題になり得ます。
ただし、契約で金銭債務も不可抗力条項の対象とする特約があるか、逆に「金銭債務は不可抗力条項の対象外」と明記しているかも確認してください。実務では、支払期限の猶予を早めに相手方と合意する対応が現実的です。
不可抗力なら代金を払ってもらえる?|危険負担
「不可抗力で損害賠償責任がない」ことと、「相手方が代金を全額支払わなければならない」ことは別です。
民法536条1項は、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができると定めています。例えば、双方に帰責事由のない災害で売主の引渡しが不能になった場合、買主は代金の支払を拒むことができます。
改正民法では、危険負担の効果は「反対給付債務の当然消滅」から「履行拒絶権」に改められました。反対給付債務を確定的に消滅させるには、解除をする必要があります。また、履行不能が債権者の責めに帰すべき事由による場合には、債権者は反対給付の履行を拒むことができません(536条2項)。
なお、売買・請負など契約類型ごとに個別規定が関係する場合があり、契約書に危険負担・所有権移転・検収に関する定めがあることも多いため、契約書と個別規定をあわせて確認します。
損害賠償の範囲と契約上の責任制限
帰責事由があって損害賠償責任が生じる場合でも、相手方が請求するすべての損害を当然に負担するわけではありません。民法416条は、通常生ずべき損害を賠償の対象とし、特別の事情によって生じた損害については、当事者がその事情を予見すべきであったときに賠償の対象としています。
また、契約に「直接かつ通常の損害に限る」「逸失利益・間接損害は除外」「賠償額は当該個別契約の代金額を上限とする」といった責任制限条項がある可能性もあります。「不可抗力に当たらなかった=無制限に全損害を賠償」ではありません。
通知義務と損害拡大防止
不可抗力の判断と通知義務は別に確認する
不可抗力条項には「不可抗力事由が発生した場合、○日以内に相手方に書面で通知する」といった定めが置かれることがあります。不可抗力に当たること自体は認められても、通知義務違反について別の問題が生じることがあり、条項によっては通知が免責の要件とされている場合もあります。
本記事では、不可抗力の判断と、通知義務の履行は別に確認するという点にとどめます。通知の時期・第一報・文面・納期変更の合意は第9話で詳しく扱います。
「不可抗力だから何もしない」は危険
災害発生後に何も対応しないことは、次のような場面で問題になり得ます。
- 不可抗力条項に定められた影響軽減・履行継続の努力義務
- 契約上の協力義務や信義則(民法1条2項)に基づく対応
- 415条の帰責事由の評価(障害発生後に合理的な対応をしたか)
- 損害額の算定や、後の紛争での説明
民法に、債務者の「一般的な損害軽減義務」の内容を具体的に定めた規定があるわけではありません。しかし、代替調達、代替生産、別ルート輸送、部分納品、納期変更の提案、代替品の提案、在庫の配分といった選択肢を検討し、その検討過程を記録しておくことは、どの法律構成をとっても自社を守る方向に働きます。
ケース|1万個の部品を10月1日に納品できない
設例(架空の事例です)
製造業A社は、顧客B社へ、10月1日までに部品1万個を納品する契約を締結している。9月27日に大地震が発生し、A社の主力工場が停止した。
- 自社在庫:3,000個
- 別工場で2,000個は10月1日までに生産可能
- 残り5,000個は通常の仕入先から原材料を調達できない
- 代替サプライヤーC社なら調達可能だが、通常価格の約3倍
- C社品の使用にはB社の品質承認が必要
- 全量納品が可能になる見込みは10月10日
- 契約には不可抗力条項があり、地震は不可抗力事由として明記
- 不可抗力発生後3営業日以内の通知義務
- 不可抗力期間中は、影響を受けた義務の履行を猶予
- 不可抗力が30日継続した場合は双方解除可能
ケースで確認する順序
| 順序 | 確認内容 | このケースでの検討 |
|---|---|---|
| ① 契約書 | 不可抗力条項・納期・分割納品・承認手続・責任制限・解除条項 | 不可抗力条項の効果は「影響を受けた義務の履行猶予」。責任免除の文言があるか、分割納品が許されるかも確認 |
| ② 納品義務の内容 | 何を・どこへ・いつまでに | 部品1万個をB社指定場所へ10月1日まで。仕様・承認手続もここで確認 |
| ③ 10月1日の履行可能性 | 期限内に何個納品できるか | 在庫3,000+別工場2,000=5,000個は可能。残り5,000個が問題 |
| ④ 一部履行 | 部分納品の要否・可否 | 在庫3,000個+別工場2,000個を切り分けて履行できるかは、分割納品の可否、契約目的(一括納品が前提か)、B社の受入体制を確認する。分割納品が契約上許容され、数量的に切り分けられる場合には、地震の影響を受けていない部分まで履行猶予の対象になるとは限らない |
| ⑤ 代替調達 | C社品を使えるか、使うべきか | B社承認がなければ使えない。承認申請と費用負担の協議を速やかに行ったかが重要 |
| ⑥ 帰責事由 | 415条ただし書 | 地震前に遅延していない(413条の2第1項の問題はない)。残り5,000個の遅延が地震によるものか、代替手段を合理的に検討したかで判断 |
| ⑦ 不可抗力条項 | 対象事象・因果関係・効果 | 地震は明記。ただし猶予されるのは「影響を受けた義務」。1万個の納品義務のうちどこまでが影響を受けた範囲かは、④の分割納品の可否とあわせて判断する |
| ⑧ 通知 | 3営業日以内 | 起算日と「営業日」の定義を確認し、期限内に通知したか。通知漏れは別の問題を生じ得る |
| ⑨ 損害賠償 | 415条・契約の責任条項 | 5,000個の遅延が地震による履行猶予の範囲内なら、遅延損害を負わない方向。部分納品を怠れば、その部分は別途問題になり得る |
| ⑩ 解除 | 約定解除・民法上の解除 | 10月10日に全量納品できれば30日要件は満たさない。ただし、30日継続時の約定解除権が定められているからといって、民法541条・542条による法定解除権が当然に排除されるとは限らない。他方、履行猶予が履行期自体を延長する趣旨であれば、その期間中に債務不履行が成立するかという前提も変わり得る。条項全体の文言・契約目的から解釈する必要がある |
このケースから読み取るべきこと
地震が不可抗力条項に列挙されていても、次の点を一つずつ確認する必要があります。
- 本当に地震が残り5,000個の納品不能・遅延を生じさせたか
- 3倍価格での代替調達まで契約上求められるか(不可抗力条項の努力義務の範囲、B社との費用分担)
- B社承認なしでC社品を使えるか(使えない。承認を求める行動をとったかが重要)
- 在庫3,000個+別工場2,000個の部分納品は必要か
- 3営業日以内の通知をしているか
また、B社のイベントや生産ラインが10月1日の全量納品を前提にしており、そのことが契約上明らかであれば、542条1項4号の定期行為に近い評価がされる可能性もあります。その場合、A社に損害賠償責任がなくても、B社が契約から離脱できるかという問題は残ります。
損害賠償責任が免除されても、納期延長・一部履行・通知・一定期間後の解除など、別の法律関係が残ります。「地震と書いてあるから免責」で検討を終わらせてはいけません。
判断フロー|納期に履行できないとき
- 納期に履行できない(おそれがある)
- 締結済みの契約書を確認(不可抗力条項・納期・納品条件・責任制限・解除)
- 一時的な遅延か、履行不能か(復旧見込み/412条の2。定期行為に当たるかも確認/542条1項4号)
- 不可抗力条項はあるか
- 対象事象・因果関係・通知・軽減努力・効果を満たすか
- 民法415条上の帰責事由はあるか(履行遅滞中の災害か/413条の2)
- 損害賠償責任の有無と範囲(416条・責任制限条項)
- 解除要件を別途確認(約定解除・541条〜543条。帰責事由は原則不要)
- 反対給付・危険負担を確認(536条・契約類型ごとの規定)
- 代替策・通知・記録(第9話・第13話へ)
災害発生後に法務が確認するチェックシート
以下は政府の正式様式ではなく、LegalGPTによる実務整理です。影響を受ける契約ごとに1枚ずつ作成することを想定しています。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 契約名 | |
| 相手方 | |
| 対象債務 | |
| 履行期限 | |
| 履行場所 | |
| 発生した災害 | |
| 災害発生日時 | |
| 災害時点で履行遅滞だったか | はい・いいえ |
| 履行への具体的影響 | |
| 一時的遅延/履行不能 | |
| 不可抗力条項 | 有・無 |
| 不可抗力の定義・効果 | |
| 通知期限・方法 | |
| 代替調達・代替履行 | |
| 一部履行 | |
| 復旧見込み | |
| 民法415条の帰責事由 | |
| 解除可能性 | |
| 危険負担・反対給付 | |
| 損害賠償条項・上限 | |
| 証拠資料 | |
| 判断者・判断日 |
どの契約から確認するかは、第2話で整理した重要業務・目標復旧時間(RTO)と連動させると効率的です。全体の確認項目は第15話のチェックリストでまとめています。
不可抗力を主張するなら証拠を残す
不可抗力や帰責事由のなさを主張する会社は、後から「本当に災害のせいだったのか」「代替手段はなかったのか」と問われる可能性があります。記憶が新しいうちに、次の資料を残してください。
- 災害発生日時、被害状況(写真・動画を含む)
- 設備停止記録、停電情報
- 道路・港湾・鉄道の停止情報
- 仕入先からの停止通知
- 代替調達・代替輸送を検討した記録(見積り、問合せ履歴)
- 社内の意思決定記録
- 顧客への通知と、その到達記録
- 復旧見込みとその変更履歴
よくある失敗
| 失敗 | 何が足りないか |
|---|---|
| 1.「地震だから不可抗力」 | 契約条項と因果関係を見ていない |
| 2.不可抗力条項に「地震」とあるから即免責 | 通知・軽減努力・効果を見ていない |
| 3.「損害賠償責任なし=契約解除されない」 | 損害賠償と解除を混同。現行民法の解除は原則として帰責事由不要 |
| 4.「不可抗力=契約終了」 | 履行猶予・期限延長にとどまる条項もある |
| 5.仕入先が止まったので当然免責 | 代替調達・契約上の調達リスク配分を検討していない |
| 6.高くなるから履行不能 | 採算悪化と履行不能を混同 |
| 7.商品が完成したので履行済み | 納品場所・引渡条件を確認していない |
| 8.不可抗力だから通知しない | 通知義務違反の問題が残る |
| 9.不可抗力だから代替策を検討しない | 契約上の軽減努力や後の紛争で不利になる |
| 10.不可抗力なら代金支払も当然免責 | 金銭債務の民法419条3項の特則を見ていない |
FAQ
Q1.地震で工場が止まったら不可抗力になりますか?
工場が止まったという事実だけでは決まりません。契約の不可抗力条項の要件(対象事象・因果関係・通知等)と、民法415条の「債務者の責めに帰することができない事由」に当たるかを確認します。他工場・在庫・代替調達で対応できた部分は、別途評価されます。
Q2.契約書に不可抗力条項がなくても免責されることはありますか?
あります。民法415条1項ただし書により、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由による債務不履行であれば、損害賠償責任を負いません。ただし、帰責事由がないことは債務者側が説明する必要があります。
Q3.仕入先が被災した場合も不可抗力になりますか?
当然にはなりません。調達先が契約で指定されていたか、代替サプライヤーがあったか、顧客承認が必要か、不可抗力条項が仕入先の被災を含むか等によって判断が分かれます。
Q4.不可抗力なら取引先から契約解除されませんか?
されることがあります。現行民法では、債務不履行による解除に債務者の帰責事由は原則として不要です。履行不能や、特定の時期を過ぎると契約目的を達成できない場合などは、催告なしに解除される可能性もあります。不可抗力条項が解除について別の定めを置いているかも確認してください。
Q5.代替品を高額で購入すれば納品できる場合でも履行不能ですか?
高額であることだけで当然に履行不能にはなりません。どこまでの追加負担が求められるかは、契約内容・代金額・追加費用の規模・業界慣行等による個別判断です。顧客と費用負担や納期変更を協議し、その過程を記録しておくことが重要です。
Q6.商品は完成していますが物流が止まった場合、債務不履行になりますか?
契約上の納品場所・引渡条件によります。売主が顧客先まで届ける約束なら、完成しただけでは履行は完了していません。代替ルートの有無や、交通・輸送障害が不可抗力条項の対象かを確認します。
Q7.災害で銀行システムが止まった場合、代金支払の遅延も不可抗力ですか?
民法419条3項は、金銭債務の不履行による損害賠償について、債務者は不可抗力をもって抗弁とすることができないと定めています。契約上の特約がない限り、「不可抗力なので遅延損害金は払わない」とは単純にいえません。早めに支払期限の猶予を相手方と合意するのが現実的です。
まとめ
災害で納品できないとき、法務が押さえるべきポイントは次のとおりです。
- 災害だから自動的に免責されるわけではない
- まず締結済みの契約書を確認する
- 不可抗力条項では、対象事象だけでなく因果関係・通知・効果・軽減措置まで見る
- 納期遅延と履行不能は違う
- 履行不能でも、損害賠償責任の有無は別途415条で判断する
- 不可抗力で損害賠償責任がなくても、相手方が契約解除できる場合がある
- 仕入先被災だから当然に自社も免責されるわけではない
- 代替調達が高いというだけで当然に履行不能になるわけではない
- 不可抗力でも通知・代替策・証拠保存は必要
- 金銭債務には民法419条3項の特則がある
- 損害賠償・解除・反対給付・通知を分けて確認する
もっとも、契約責任の考え方が分かったとしても、実際の災害現場では「納期に間に合わないことを、いつ、何と書いて取引先へ連絡するか」が次の問題になります。
契約責任の有無を検討している間にも、取引先は納品を待っています。では、いつ、何を、どのように通知すればよいのでしょうか。
次回、第9話「納期に間に合わないとき取引先へどう通知する?事業停止時の契約対応」で、第一報のタイミング、通知の文面、納期変更の合意の取り方を解説します。
参考資料
| 資料名 | 発行主体 | URL | 確認日 |
|---|---|---|---|
| 民法(明治29年法律第89号)第1条、第412条、第412条の2、第413条の2、第415条、第416条、第419条、第536条、第541条、第542条、第543条、第545条、第567条 | デジタル庁(e-Gov法令検索) | https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 | 2026年9月28日 |
| 民法の一部を改正する法律(債権法改正)について | 法務省 | https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html | 2026年9月28日 |
| 民法(債権関係)の改正に関する説明資料(債務不履行による損害賠償の帰責事由の明確化) | 法務省 | https://www.moj.go.jp/content/001255627.pdf | 2026年9月28日 |
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案についての法的助言ではありません。契約条項の解釈や責任の有無は、契約書の文言、取引の経緯、災害の具体的状況等により異なります。
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