問題社員対応の実務

注意・指導から懲戒・退職・解雇まで、会社が整える実務

第1話 / 全10話 初動 労務・人事コンプライアンス

問題社員への対応は何から始める?
法務が確認する初動チェックリスト

法令・情報基準日:2026年9月1日

「何度注意しても直りません。もう処分できませんか」

「現場が限界なので、異動か退職を考えてもらえませんか」

「この社員を解雇できないか、法務で確認してください」

人事や現場からこう相談されたとき、法務が最初に考えるべきなのは「懲戒できるか」「解雇できるか」ではありません。その段階では、判断に必要な材料がまだ揃っていないからです。

法務の結論

問題社員への対応で最初にやるべきことは、次の3つを整理することです。

  1. 具体的に何が起きたのか(評価ではなく事実)
  2. その事実を何で確認できるのか(証拠・記録)
  3. 会社としてこれまで何をしてきたのか(指導・改善機会の履歴)

この3つが揃っていない状態で処分の話に進むと、後になって「事実が特定できていない」「就業規則の根拠と合っていない」「他の社員と扱いが違う」という形で崩れます。しかも、懲戒処分の有効性は、原則として処分時に会社が認識していた非違行為との関係で判断されます。処分時に認識していなかった別の非違行為を後から持ち出して、すでに行った懲戒処分の有効性を根拠づけることは、特段の事情がない限りできません(山口観光事件・最判平成8年9月26日)。したがって、懲戒処分を決める前に、必要な事実調査を尽くしておくことが重要になります。

なお、労働紛争そのものは減っていません。厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和8年7月7日公表)によれば、総合労働相談件数は119万8,010件で18年連続100万件超、民事上の個別労働紛争のうち「いじめ・嫌がらせ」は55,614件で14年連続最多、あっせん申請では「解雇」が892件(前年度比12.6%増)で最多となっています。問題社員案件は、対応を誤れば会社側が紛争当事者になる類型です。

この記事では、第1話として「初動」に限定し、法務担当者が相談を受けた直後に何を確認し、何を止め、何を集め、誰と分担するかを整理します。注意・指導の方法、懲戒の可否、退職勧奨や解雇の要件は、それぞれ第2話以降で扱います。

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問題社員対応で法務が最初に確認すべきこと

結論から示します。問題社員への対応で法務が担うべき初動は、次の7ステップです。

図表1|問題社員案件の法務初動フロー

STEP 1

相談受付・スコープ確認

  • 誰が、何に困っているのか
  • すでに何をしてしまったのか(既往対応の有無)
STEP 2

問題行動の具体化

  • 人物評価 → 個別具体的な行為へ分解
  • いつ/どこで/誰が/何を/どうしたか
STEP 3

事実・証拠の確保

  • 客観資料の特定と保全指示
  • 取得方法の適法性チェック
STEP 4

社内ルールの確認

  • 就業規則(服務規律・懲戒事由)/雇用契約/各種規程
  • 行為時点で適用されていた版か/周知されているか
STEP 5

過去対応・指導履歴の確認

  • 口頭注意、書面注意、面談、研修、業務調整
  • 改善機会を与えたか/記録が残っているか
STEP 6

本人側事情の確認準備

  • 聴取の目的・参加者・質問設計・記録方法
  • 健康、ハラスメント被害、業務量等の背景要因
STEP 7

役割分担と方針決定

  • 現場/人事/法務の担当と期限
  • 次のアクション(指導継続・調査継続・処分検討)を誰が決裁するか

このフローの要点は、STEP 7に至るまで「処分の種類」を決めないことです。初動段階で「けん責か、出勤停止か」を議論し始めると、事実認定がその結論に引きずられます。

法的根拠

懲戒処分は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を欠けば権利濫用として無効とされます(労働契約法15条)。合理的な理由があるかどうかは、事実が確定してからでなければ判断できません。

初動は、その判断材料を欠落なく揃える工程だと位置づけてください。

「問題社員」という評価から入らない

現場から法務に上がってくる相談は、ほぼ例外なく評価の言葉で書かれています。

  • 態度が悪い
  • 協調性がない
  • やる気がない
  • 扱いにくい
  • 常識がない

これらは法的判断の対象になりません。就業規則の服務規律や懲戒事由は「行為」を要件としており、人物評価を要件としていないからです。法務が最初にすべきことは、評価の言葉を具体的な行為に変換することです。

図表2|人物評価を具体的事実へ変換する例

現場・人事の言葉(評価)確認すべき事項変換後の記述(事実)
態度が悪いいつ、誰に対する、どの言動か2026年4月15日の週次定例で、上司Aから資料修正を指示されたが「やる意味がない」と述べ、期限の4月17日までに着手しなかった
協調性がないどの場面での、どのような言動か3月2日10時12分、部門チャットで同僚Bの提案に対し「素人が口を出すな」と投稿した
やる気がない何が、どの程度、なされていないか2025年10月以降6か月連続で、月次の行動計画を提出期限までに提出していない
勤怠がだらしない回数、事前連絡の有無、理由2月〜4月に始業時刻後の出社が12回。うち事前連絡なしが7回
パワハラ体質対象者、場面、内容、頻度5月20日の打合せで、他の社員5名がいる場で部下Cに対し「使えない」と発言した
メンタルが不安定で仕事にならない事実か、健康情報か評価ではなく健康状態に関する情報の可能性がある。人事・産業保健職へ切り分けて取り扱う

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変換の書式は「日時/場所/行為者/相手方/具体的言動または不作為/業務への影響」で統一すると、後工程がぶれません。

「問題社員」というラベル自体の限界

実務上この呼称は定着していますが、法的には何も意味しない言葉です。むしろ次の3つの副作用があります。

  • 確証バイアス:ラベルを貼った後は、それに沿う情報だけが集まりやすくなる
  • 会社側要因の見落とし:業務量の過大配分、指示の不明確さ、上司自身の不適切な言動、健康問題、ハラスメント被害など、背景に会社側の問題があるケースがある
  • 均衡の喪失:同じ行為をしている他の社員が問題視されていない場合、対応の一貫性が失われる

法務としては、相談の段階で「その評価はいったん外して、起きたことだけを教えてください」と切り返すのが最初の仕事になります。

問題行動を具体的に分類する

事実に変換できたら、次はどの規程・どの資料を見るべきかを決めるために分類します。分類は処分の重さを決めるためのものではなく、確認すべき資料と担当部署を特定するためのものです。

図表3|問題行動の分類と初動で押さえる事実

分類典型例初動で特に押さえる事実詳細解説
勤怠遅刻、早退、欠勤、無断欠勤回数、日付、事前連絡の有無、理由の申告内容、承認の有無第4話
業務命令・指示違反指示の不履行、拒否、配転拒否命令の内容・伝達方法・時期、業務上の必要性、不履行の態様第5話
勤務成績・能力目標未達、ミスの反復、納期遅延期待水準の明示、達成状況、指導・支援の内容、改善期間第6話
職場秩序・言動暴言、威圧的態度、備品の私的利用場面、同席者、発言内容、業務への影響第7話
ハラスメントパワハラ、セクハラ、マタハラ等申告日、申告者の意向、被害の内容、行為の反復性別途、社内規程・ハラスメント指針に基づく手続
情報管理情報の持ち出し、無断共有、私用端末利用対象データ、持ち出し経路、時期、目的情報管理規程・秘密保持誓約書
会社資産・経費経費の不正精算、備品の私物化対象・金額・期間、承認プロセスの潜脱方法第7話
SNS・社外発信会社批判、機密の投稿、炎上投稿日時、内容、公開範囲、会社との関連性の表示ソーシャルメディアポリシー
その他兼業、健康問題、私生活上の非行事実関係と業務との関連性の有無事案ごとに個別検討

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実務では複数の分類にまたがる案件がほとんどです(例:遅刻が多く、注意すると反抗的で、業績も低い)。この段階では束ねず、行為ごとに分けて記録してください。束ねると、どの行為がどの規程に該当するかが不明確になり、後の説明責任を果たせなくなります。

事実と証拠を先に集める

事実の裏づけがない主張は、社内でも社外(労働審判・訴訟)でも通りません。初動で最も優先度が高いのは、消える可能性のある資料の保全です。メールの保存期間、チャットのログ保持設定、防犯カメラの上書き周期、退職者の端末回収は、いずれも時間との勝負になります。

図表4|確認する証拠・資料一覧

資料何が確認できるか主な保有部署取得・利用上の注意
勤怠記録・打刻データ遅刻・欠勤の回数、申請の有無人事修正履歴・承認履歴も併せて取得
業務メール指示の内容と時期、本人の応答情報システム取得ルールの有無を先に確認
ビジネスチャット(Teams・Slack等)発言内容、時刻、閲覧範囲情報システムログ保持期間を確認し保全依頼を先行
業務指示書・議事録命令の存在と内容、期限現場口頭指示は指示者のメモ・後追いメールで補強
日報・週報・タスク管理業務量、進捗、本人の申告現場本人記載部分と上長記載部分を区別
人事評価資料期待水準、達成度、評価者コメント人事評価と処分は別制度。評価の低さ=懲戒事由ではない
面談記録指摘した内容、本人の説明人事・現場記録がなければ「指導していない」と扱われやすい
過去の注意書・指導書同種行為の反復性、改善機会人事書面の種類と法的位置づけは第3話参照
顧客・取引先からの苦情業務への具体的影響営業・現場発信元の同意なく相手方名を本人へ開示しない運用も検討
内部通報・相談記録申告内容、申告日通報窓口・コンプライアンス通報者特定情報の遮断を最優先
入退館記録・PCログ在社時間、稼働状況情報システム・総務取得目的の範囲内かを確認
防犯カメラ映像特定時点の行動総務上書き前の保全。設置目的との整合を確認
経費精算・購買記録金銭の流れ、承認経路経理会計部門との連携が必要

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証拠収集だから何でも許される、ということはない

社内調査であっても、収集方法には法的な制約があります。特に注意すべきは次の点です。

(1)モニタリングのルール整備

個人情報保護委員会は、従業者に対する監督の一環としてビデオやオンラインによるモニタリングを実施する場合の留意点として、①モニタリングの目的をあらかじめ特定して社内規程等に定め従業者に明示すること、②実施責任者と権限を定めること、③実施ルールをあらかじめ策定し運用者に徹底すること、④ルールに従って適正に行われているか確認すること、を挙げています(個人情報保護委員会「ガイドラインに関するQ&A」Q5-7)。同Q&Aでは、重要事項を定めるときは労働組合等へ事前に通知し必要に応じて協議を行うことが望ましく、定めた重要事項は従業者に周知することが望ましいとされています。

注意

問題が起きてから初めてログを網羅的に閲覧するという運用は、事前ルールがない限り危険です。この点は平時の規程整備の問題であり、初動では「自社に何のルールがあるか」を先に確認します。

(2)取得目的と利用目的の整合

安全管理措置の目的で取得したログを、懲戒目的に転用してよいかは別論点です。利用目的の特定・公表内容を確認してください。

(3)私的領域への立ち入り

私物スマートフォン、個人のSNSアカウント、私物のロッカーや机の内容物の調査は、業務用資産の調査とは区別して検討が必要です。単独で判断せず、法務が関与してください。

(4)通報者・相談者の保護

ハラスメント申告や内部通報が端緒の場合、通報者を特定させる情報の取扱いを誤ると、それ自体が別の法的問題を発生させます。詳細は後述します。

(5)網羅的な「洗い出し」は目的から逆算する

「調べれば何か出てくるだろう」という発想の全件調査は、目的外利用やプライバシー侵害の指摘を受けやすく、後で証拠の使用可否が争われます。特定した問題行動に必要な範囲で設計してください。

就業規則・雇用契約・社内規程を確認する

問題社員への対応は、「会社が気に入らない行為だから処分する」ものではなく、社内ルールと具体的事実を照合する作業です。法務は次の順序で確認します。

確認対象確認するポイント
就業規則(服務規律)当該行為を禁止・義務づける条項があるか。抽象的な包括条項しかないか
就業規則(懲戒)懲戒の種類と事由が定められているか(労働基準法89条9号は、制裁の定めをする場合はその種類・程度を就業規則の記載事項としています)
適用関係当該事業場に適用される規則か。有期・パート等の別規程はないか。出向者はどちらの規則が適用されるか
版と適用時点行為時点で適用されていた版はどれか。改定履歴と適用開始日を確認
周知従業員が見ようと思えば見られる状態にあったか
附属規程情報管理規程、ハラスメント防止規程、経費規程、ソーシャルメディアポリシー等
雇用契約書・労働条件通知書職務内容、勤務地、労働時間、職務等級の定め
その他秘密保持誓約書、貸与端末の利用規程、業務マニュアル

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就業規則を懲戒の根拠として機能させるには「周知」が重要

裁判例

フジ興産事件・最判平成15年10月10日

最高裁は、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示しています。この考え方は労働契約法7条に反映されています。

労働基準監督署への届出だけでは周知を満たしません。労働者に周知させる手続が採られていたことを立証できなければ、その就業規則を懲戒の根拠とすることに重大な問題が生じます。初動では「規程の存在」ではなく「周知の事実を立証できるか」まで確認してください。

周知の方法は紙の備付けに限られず、イントラネット等で従業員が常時確認できる状態も含まれます。イントラネットの掲載日とアクセス権設定、掲示記録、配布記録、改定時の説明会の記録が確認資料になります。

どの懲戒事由に該当するか、どの処分が相当かという判断は、事実確定後の作業です。詳細は第7話「懲戒処分はどう決める?就業規則・事実認定・処分相当性の確認手順」を参照してください。

会社がこれまで何をしてきたか確認する

問題社員案件で会社側が崩れやすいのが、この論点です。行為の存在は立証できても、改善可能な類型で「会社は何もしてこなかった」と評価されると、処分の相当性が否定されやすくなります。

初動で確認するのは次の項目です。

  • 口頭注意:誰が、いつ、何を指摘したか。記録の有無
  • 書面注意:注意書・指導書の交付日、内容、本人の受領確認
  • 面談:実施日、参加者、指摘内容、本人の説明、合意事項
  • 研修・教育:受講の有無、内容
  • 業務上の支援:業務量の調整、手順書の提供、OJT担当の設定
  • 配置変更:異動・担当変更の有無と理由
  • 改善期間の設定:期待水準を明示したか、期間を区切ったか、途中経過の確認をしたか
  • 本人の説明:これまでに本人が述べていた事情(体調、家庭、業務量、上司との関係等)
  • 改善状況:指導後に改善が見られたか、いつ再発したか

特に、能力不足・勤務成績不良や、遅刻など改善可能な服務上の問題が反復している類型では、会社が何を注意・指導し、どのような改善機会を与えてきたかが重要になります。一方、横領、暴行、重大な情報漏えいなど、行為自体の重大性が高い事案では、事前の注意・指導歴がないことだけで懲戒が否定されるわけではありません。事案の性質を分けて検討する必要があります。

そのうえで、能力不足・勤務成績不良など改善可能な類型で初動の時点で指導履歴が空白なら、まず検討すべきなのは処分ではなく、指導と記録の開始です。

注意

なお、会社側に不利な事実(上司が長期間黙認していた、他の社員も同じことをしていた、業務量が明らかに過大だった、前任の担当者が「気にしなくていい」と伝えていた等)も、この段階で必ず記録に含めてください。都合の悪い事実を初動で落とすと、紛争段階で相手方から提出され、会社の主張全体の信用性が損なわれます。

本人の事情を確認する前に準備する

本人への事情確認は、初動の最後に位置づけられる工程です。準備なしに実施すると、聴取そのものが紛争の火種になります。

実施前に決めておくこと

項目決めておく内容
目的事実確認か、指導か、弁明の機会か。処分の言い渡しではないことを明確にする
参加者実務上は2名体制を基本とすることを検討する。利害関係のある上司を同席させるか外すかを判断する
場所・時間可能な限り就業時間内に設定し、必要以上に長時間の聴取や威圧的な人数構成を避ける
質問設計時系列で開かれた質問から入る。「なぜ○○したのか」と前提を決めつけない
開示範囲通報者・申告者を特定させる情報は原則として開示しない
記録議事録の作成者、確認方法、録音の可否と告知
配慮健康状態、言語、障害の有無に応じた配慮

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法的に押さえておくべき2点

裁判例

(1)調査協力義務には限界がある/富士重工業事件・最判昭和52年12月13日

最高裁は、企業秩序違反事件について企業が調査をすることができるとしても、労働者が常に当然に調査協力義務を負うわけではないとしています。他の労働者への指導監督や企業秩序の維持を職責とする者で、調査への協力が職務内容になっている場合は労務提供義務そのものとして協力義務を負う一方、それ以外の場合は、調査対象である違反行為の性質・内容、当該労働者の関与の程度等を考慮して、必要かつ合理的といえるかを個別に判断すべきものとされています。

実務上のポイント:「聴取に応じないこと自体」を直ちに懲戒事由として扱わないのが安全です。

裁判例

(2)健康上の背景が疑われる場合は、処分より先に健康面の対応を検討する/日本ヒューレット・パッカード事件・最判平成24年4月27日

精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者について、最高裁は、使用者としては精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その結果に応じて必要な場合は治療を勧め、休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであるとして、無断欠勤を理由とする諭旨退職処分を無効としています。

初動で「体調が悪そうだ」「診断書が出ている」「本人が受診をほのめかしている」といった情報が出てきた場合、懲戒ルートといったん切り離し、産業保健職・人事と連携する判断が必要です。

なお、処分手続における弁明の機会の付与は、この事情確認とは別の手続です。混同しないよう、第8話「懲戒処分の手続を会社でどう整える?弁明・決裁・通知・記録の実務」を参照してください。

他の社員との取扱いも確認する

同じ行為に対して、社員によって扱いが違えば、処分の相当性は揺らぎます。初動段階で次を確認してください。

  • 同種事案の過去対応:過去5年程度、同じ類型の行為に対して会社がどう対応したか(注意で終えたか、処分をしたか、どの処分か)
  • 同時期の他の社員:同じ行為をしている社員が他にいないか。いる場合、なぜその社員は問題視されていないのか
  • 管理職側の責任:放置・黙認していた上司の責任をどう整理するか
  • 時間の経過:行為の発生から現在までの期間。長期間放置した後の処分は、相当性が否定される方向に働きます
  • 前例の記録の所在:過去の対応が記録として残っているか。残っていない場合、何をもって前例とするか

前例と異なる扱いをすること自体が禁じられるわけではありませんが、異なる扱いをするなら、その理由を初動の段階で言語化しておく必要があります(行為の悪質性、反復性、被害の程度、改善指導の有無など)。処分相当性の詳細な検討は第7話で扱います。

現場・人事・法務の役割を決める

問題社員案件が長期化する原因の多くは、役割分担の不在です。「法務が全部やる」設計にすると、現場での日常的な指導と記録が止まり、かえって会社が不利になります。

図表5|現場・人事・法務の役割分担表

部門主な役割具体的に担当すること残すべき記録
現場上司事実の把握と日常指導行為の特定(日時・場面・内容)、業務指示の明確化、改善状況の観察業務指示の記録、日々の事実メモ、指導の記録
人事人事情報の集約と手続運営勤怠・評価・過去対応の照会、面談設定、前例の確認、健康面の連携面談記録、指導書の交付記録、過去対応の一覧
法務法的評価と手続設計規程との照合、証拠の適法性・十分性の確認、手続設計、紛争リスクの評価検討メモ、規程照合結果、判断根拠の記録
情報システム客観データの提供ログ・メール・チャットの保全と抽出(取得ルールに基づく)保全依頼と実施の記録、抽出範囲の記録
コンプライアンス/通報窓口通報起点案件の管理通報者保護、調査体制の分離、利益相反の遮断通報受付記録、対応経過記録
産業保健職健康面の評価就業上の措置に関する意見意見書等(健康情報の取扱いルールに従う)
経営層決裁対応方針・処分の決裁決裁記録、決裁日

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会社として整備する

役割分担で必ず決めるのは、次の3点です。

  • 誰が事実を確定させるか(多くの場合、現場+人事。法務は十分性を検証する)
  • 誰が本人と接触するか(窓口を一本化する。複数のルートで別の説明をしない)
  • 誰が次のアクションを決裁するか(決裁者を初動で確定させる)

法務へ早めに相談した方がよいケース

現場・人事だけで進めるとリスクが高い類型を、社内に周知しておくと初動が安定します。

ケース早期相談が必要な理由
懲戒処分を検討している処分の有効性は処分時に認識していた事由との関係で判断される。事実調査の網羅性を先に検証する必要がある
退職勧奨を検討している進め方次第で退職強要と評価される(第9話
解雇を検討している客観的合理性・社会的相当性を欠く解雇は無効(労働契約法16条)。要件と手続の事前確認が必須(第10話
本人が争う姿勢を示している弁護士・合同労組からの通知が想定される。文書・発言の管理が必要
ハラスメント申告が絡む事業主には相談体制の整備と事後の迅速かつ適切な対応が義務づけられている(労働施策総合推進法。パワハラ措置義務の条番号は2026年10月1日から30条の2→31条に移行)。相談を理由とする不利益取扱いは禁止されている
内部通報が絡む2026年12月1日施行の改正公益通報者保護法により、公益通報を理由とする解雇・懲戒に刑事罰が新設され、公益通報から1年以内の解雇・懲戒は公益通報を理由とするものと推定される
労働組合が関与している団体交渉の対象となり得る。個別対応と併行して手続を管理する必要がある
休職・健康問題が絡む処分より先に健康面の対応が求められる場合がある(日本ヒューレット・パッカード事件)
証拠の取得方法に疑義がある取得の適法性が争われると、証拠自体の使用可否と会社の責任の双方が問題になる
会社側にも対応上の問題がある放置・黙認・過大な業務配分等は、会社側の主張の前提を崩す。早期に把握して方針に織り込む
顧客等からの著しい迷惑行為が背景にあるカスタマーハラスメント対策が2026年10月1日から事業主の義務となる。社員側の言動だけを問題視すると評価を誤る

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重大リスク

内部通報が端緒の案件では、通報者を特定させる情報へのアクセスを必要最小限の者に限定し、共有先・共有目的を管理する設計を初動で組む必要があります。「誰が言ったのか」を本人に伝える運用は、それ自体が重大なリスクになります。

問題社員対応の初動でやってはいけないこと

NG

「もう辞めてもらう」

OK

「事実確認のうえ会社として判断する」

図表6|初動でやってはいけないこと

NG行為なぜ問題か代わりにすること
「もう辞めてもらう」と先に結論を決める事実確認と手続を飛ばし、結論に合う事実だけを集めることになる事実・証拠・規程・過去対応を先に確認する
事実確認前に処分の種類を口にする期待を先行させ、変更時に「約束が違う」と紛争化する「確認したうえで会社として判断する」と伝える
感情的なメール・チャットを送る送信文書は後に証拠として提出される。会社側の不利な材料になる事実に限定した記載にとどめる
本人の言い分を聞かずに進める背景事情(健康、業務量、ハラスメント被害)を見落とす目的を定めた事情確認を設計する
記録を残さない/後から作る「指導していない」と評価される。事後作成は信用性が低いその都度、日時と内容を記録する
現場だけで処分や異動を約束する決裁権限がない者の発言でも会社の意思と受け取られる決裁者と窓口を一本化する
退職届の提出を迫る退職の意思表示の効力が争われる退職に関する話は法務・人事の関与のもとで(第9話
同種事案と大きく異なる扱いをする相当性・均衡が否定される前例を確認し、異なる扱いなら理由を記録する
通報者・申告者の名前を本人に伝える通報者保護に反し、別個の法的責任が生じ得る情報遮断の設計を初動で行う
私物・私的領域を無断で調べる取得の適法性が争われ、証拠の使用可否に影響する範囲と方法を事前に法務が判断する
「様子を見よう」と放置する時間の経過は処分の相当性を弱め、周囲の離職も招く記録を残しながら指導を開始する
処分時に認識していなかった別の非違行為を、後から既にした懲戒の正当化に使おうとする処分時に認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その懲戒の有効性を根拠づけられない(山口観光事件)処分前に調査を尽くし、処分時に認識している事由をすべて明示する

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問題社員対応|法務初動チェックリスト

会社でそのまま使えるよう、確認内容・担当・残す証拠を一体で整理しました。案件ごとにコピーして運用してください。

図表7|問題社員対応 法務初動チェックリスト

Noチェック項目確認内容主担当残す記録
1□ 相談の経緯を確認した誰が何に困っているか、既に本人へ何を伝えたか法務相談受付メモ
2□ 問題となる具体的行為を特定した評価ではなく行為として記述できているか現場・法務事実整理表
3□ 発生日・場所・関係者を整理した行為ごとに日時・場面・同席者を確定現場・人事時系列表
4□ 事実と評価・感情を分けた記述から「態度」「やる気」等の評価語を除去法務事実整理表(改訂版)
5□ 会社側の事情も含めて整理した業務量、指示の明確性、上司の言動、放置の有無人事・法務事実整理表(背景欄)
6□ 証拠の保全指示を出したログ保持期間、カメラ上書き、端末の状態法務→情報システム保全依頼記録
7□ 客観資料を確保した勤怠、メール、チャット、日報、評価、面談記録人事・現場資料一覧と取得日
8□ 取得方法の適法性を確認した社内規程上の根拠、利用目的の範囲、私的領域の除外法務適法性検討メモ
9□ 就業規則・関連規程を確認した服務規律、懲戒事由、附属規程、適用範囲法務規程照合表
10□ 行為時点の規程の版と周知を確認した改定履歴、適用開始日、周知の立証資料人事・法務周知記録
11□ 過去の注意・指導履歴を確認した口頭注意、書面注意、面談、研修、業務支援人事・現場指導履歴一覧
12□ 改善機会の付与状況を確認した期待水準の明示、改善期間、途中確認人事・現場面談記録、改善計画
13□ 同種事案の過去対応を確認した直近数年の前例、扱いの差異とその理由人事・法務前例一覧
14□ 本人以外の関係者から確認すべき事項を整理した目撃者、被害者、取引先の別と聴取範囲人事・法務聴取計画
15□ 本人への事情確認の準備をした目的、参加者、質問設計、記録方法、開示範囲人事・法務聴取要領
16□ 健康・ハラスメント・通報の要素を切り分けた産業保健職・通報窓口へのエスカレーション要否人事・法務切り分け記録
17□ 現場・人事・法務の担当を決めた誰が事実確定、誰が本人窓口、誰が記録管理法務体制表
18□ 次の対応を決裁する者を確認した決裁権限、決裁のタイミング、報告ライン法務・人事決裁ルート図
19□ 想定される反論・争点を洗い出した事実否認、正当理由の主張、会社側の落ち度法務論点メモ
20□ 次のアクションと期限を設定した指導継続/調査継続/処分検討のいずれか法務・人事対応方針メモ

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初動完了の判定基準

次の5つを原則として確認したうえで、懲戒・退職勧奨・解雇の最終判断・実施に進んでください。

  1. 問題行為を、第三者が読んで再現できる粒度で記述できているか
  2. 各行為について、裏づけとなる客観資料または供述の所在を示せるか
  3. 該当し得る就業規則の条項を特定し、その規則が行為時点で有効かつ周知されていたと言えるか
  4. 会社がこれまでに行った指導・支援と、その記録の有無を説明できるか
  5. 本人の言い分を確認する準備が整い、聴取の目的が「事実確認」に限定されているか

調査完了を待てないケース

一方で、調査が終わるまで会社が何もしない、という運用が適切でない場面もあります。次のような事情がある場合です。

  • 暴力・威嚇が続いている
  • ハラスメント被害が継続している
  • 情報の持出しのおそれがある
  • 証拠隠滅のおそれがある
  • 通報者・申告者への報復のおそれがある

こうした場合は、調査を進めながら、安全の確保、当事者間の接触回避、ログの保全、必要なアクセス権限の見直しといった暫定措置を並行して検討します。被害の拡大を放置したこと自体が、後に会社の責任として問われ得るためです。

注意

ただし、暫定措置のうち就業を制限するもの(自宅待機、就業停止、業務からの一時的な外し等)は、人事上の措置として別途検討が必要です。就業規則上の根拠、業務命令権の範囲、賃金の取扱い、期間の合理性を確認したうえで、法務・人事の関与のもとで実施してください。

問題社員対応は「処分」より前の準備で決まる

問題社員への対応で会社が問われるのは、最終的な処分の重さよりも、そこに至るまでの過程です。初動でやるべきことをまとめます。

  • 「問題社員」というラベルから入らない。評価語を具体的な行為に変換する
  • 行為ごとに分解する。束ねずに、日時・場面・内容で記述する
  • 証拠を確保する。消える資料の保全を最優先し、取得方法の適法性も確認する
  • 社内ルールと照合する。規程の存在だけでなく、適用時点と周知まで確認する
  • 過去対応を確認する。改善可能な類型で指導履歴が空白なら、次にやるのは処分ではなく指導と記録
  • 本人の説明を確認する。目的を「事実確認」に限定し、処分の言い渡しと混同しない
  • 他の社員との均衡を確認する。異なる扱いをするなら理由を言語化する
  • 現場・人事・法務で役割を分担する。法務が全部やる設計にしない
  • そのうえで初めて、注意・指導・懲戒・退職勧奨・解雇の検討に進む

この初動を案件ごとに同じ手順で回せるようになると、個々の判断の精度が上がるだけでなく、「会社として問題社員案件を処理する仕組み」ができます。チェックリストを社内フォーマット化し、相談受付時に必ず記入させる運用が、最も導入しやすい第一歩です。

次回は、初動を終えた後に必ず通る工程を扱います。注意・指導をどう行い、何をどこまで記録に残すのかを、書式レベルで整理します。

次に読む 第2話 社員への注意・指導はどう行う?会社が残すべき記録と進め方 詳しく見る

シリーズ:問題社員対応の実務|注意・指導から懲戒・退職・解雇まで会社が整えること(全10話)

参考資料・一次資料

法令(e-Gov法令検索:https://laws.e-gov.go.jp/

  • 労働契約法(平成19年法律第128号)7条、15条、16条
  • 労働基準法(昭和22年法律第49号)89条、90条、106条
  • 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)30条の2ほか
  • 公益通報者保護法(平成16年法律第122号)/公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号、2026年12月1日施行)
  • 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)

行政資料

  • 厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(令和8年7月7日公表)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00235.html
  • 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号。令和8年10月1日適用版を含む)
  • 個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」Q5-7(従業者を対象とするモニタリングの留意点)
    https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q5-7/
  • 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/

裁判例(裁判所ウェブサイト「裁判例検索」 https://www.courts.go.jp/ ほか)

  • 富士重工業事件・最判昭和52年12月13日(企業秩序違反事件の調査と労働者の協力義務)
  • フジ興産事件・最判平成15年10月10日(就業規則の周知と拘束力)
  • 山口観光事件・最判平成8年9月26日(懲戒当時に認識していなかった非違行為の事後的追加)
  • 日本ヒューレット・パッカード事件・最判平成24年4月27日(精神的不調が疑われる者への対応)

注記

本記事は2026年9月1日時点の法令・公表資料に基づいています。労働施策総合推進法の改正(カスタマーハラスメント対策等)は2026年10月1日、公益通報者保護法の改正は2026年12月1日に施行されます。個別の事案については、自社の就業規則・規程、事実関係および最新の法令を確認のうえ、必要に応じて弁護士等の助言を得てください。

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