2026年施行・公益通報者保護法改正対応シリーズ

第3話

通報者への解雇・懲戒に刑事罰|処分を決めた個人と法人の責任

改正公益通報者保護法では、公益通報を理由として労働者を解雇・懲戒した者に、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が新設されます。法人への3,000万円以下の罰金を含む両罰規定、処罰対象者、企業の人事処分フローを解説します。

施行日 2026年12月1日
刑事罰と個人・法人の責任
企業法務
内部通報制度
2026年改正

公益通報者を解雇・懲戒すると、誰が刑事罰を受けるのでしょうか。決裁に関わった取締役や人事担当者は全員処罰されるのでしょうか。法人にも3,000万円の罰金が科されるのでしょうか。

結論を先に示します。刑事罰の対象は、公益通報を理由として労働者を解雇・懲戒した場合です。通報後に何らかの処分をしたというだけで、自動的に犯罪になるわけではありません。処罰対象となる個人は、役職名で機械的に決まるのではなく、違法な処分への具体的な関与によって判断されます。そして、法人にも両罰規定により罰金が科され得ます。民事上の推定規定(第2話で解説)と刑事罰は別の制度であり、両者を混同すると誤った理解につながります。

この記事で分かること

どのような解雇・懲戒が刑事罰の対象になるのか
個人にはどのような刑罰が、法人にはどのような罰金が科されるのか
取締役、人事担当者、直属上司など、誰が処罰対象になり得るのか
民事上の推定規定と刑事罰は何が違うのか
施行日前の行為に刑罰が遡って適用されることはないこと
企業が処分決定前に確認すべき実務フロー

法定刑の紹介だけにとどめず、企業の人事処分フローと意思決定プロセスの見直しに使える実務記事とすることを目指します。

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改正で新設される刑事罰の全体像

今回の改正で新設される罰則は、複数の種類があります。本記事の中心は「公益通報を理由とする解雇・懲戒」への直罰規定ですが、まず全体像を比較のために示します。

改正で新設される罰則の全体像
対象行為対象となる個人個人への法定刑法人への法定刑根拠条文
公益通報を理由とする解雇・懲戒解雇・懲戒という違反行為をした者6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金3,000万円以下の罰金(両罰規定)第21条第1項、第23条第1項第1号
従事者指定義務に関する命令違反命令に違反した者30万円以下の罰金30万円以下の罰金(両罰規定)第21条第2項第1号、第23条
報告拒否・虚偽報告・立入検査拒否等該当行為をした者30万円以下の罰金30万円以下の罰金(両罰規定)第21条第2項第2号、第23条
一般職の国家公務員、地方公務員等への分限免職・懲戒処分分限免職・懲戒処分をした者6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金両罰規定の対象外(国・地方公共団体には適用されない)第9条、第21条第1項、第23条第2項

今回新設された罰則のうち、公益通報を理由とする解雇・懲戒については、個人に拘禁刑の選択肢が設けられ、法人の罰金上限も3,000万円とされています。他の類型(法人・個人ともに30万円以下)と比べ、立法上、高い法人罰金上限が設定されています。以下、この類型を中心に解説します。なお、従事者指定義務に関する命令違反等、公務員に関する規定については、第6話で詳しく扱います。

どのような解雇・懲戒が犯罪になるのか

改正後第21条第1項は、次のように規定しています(要旨)。「第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたときは、当該違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する」。犯罪が成立するためには、条文上の要件(構成要件)を満たす必要があります。基本的な構造は、次のとおりです。

犯罪成立の基本構造(簡略図)
労働者が、第3条第1項各号に定める要件を満たす公益通報をした
行為者が、その公益通報の存在を認識した
行為者が、解雇または懲戒を行った(就業規則・労働契約上の制裁として)
その解雇・懲戒が、公益通報を理由として行われた
行為者に故意が認められる
刑事罰の対象となる可能性

公益通報として保護されるかどうかは、通報内容が後になって真実であると確定したかどうかだけで決まるものではありません。通報先ごとの保護要件や、不正の目的の有無等を踏まえて判断されます。

これはあくまで理解を助けるための簡略図です。実際の犯罪成立は、条文の文言と個別の事実関係に基づいて判断されます。各要素を順に説明します。

第一に、対象となる公益通報は「法的に保護される」ものである必要があります。単なる社内の苦情や不満、通報対象事実に当たらない相談は含まれません(通報対象事実の詳細は第1話を参照してください)。第二に、解雇・懲戒という「実行行為」が必要です。実行行為とは、犯罪の構成要件に該当する具体的な行為を指す刑法上の概念で、ここでは解雇または懲戒という不利益な取扱いを実際に行うことがこれに当たります。第三に、その処分が「公益通報を理由として」行われたという、通報と処分の間の理由的なつながりが必要です。単に通報の後に処分をしたという時間的な前後関係だけでは足りません。第四に、行為者に故意(後述)が必要です。

刑事罰の対象となる人事措置

第2話で解説したとおり、改正法上「懲戒」は、就業規則または労働契約に定められた制裁を意味します。刑事罰の対象も、この「解雇又は懲戒」という枠内に限定されます。名称だけで機械的に判断せず、実質を確認する必要がある点は民事上の推定規定と共通です。

刑事罰の対象となる人事措置
人事措置直罰規定の対象理由別途問題となる規律
普通解雇対象となり得る「解雇」に該当する労働契約法第16条の解雇権濫用法理、第3条第3項の推定規定
整理解雇対象となり得る「解雇」に該当する。整理解雇特有の要素(人員削減の必要性等)があっても、公益通報を理由とする場合は別途問題となる整理解雇の4要素に関する裁判実務上の判断枠組み
懲戒解雇対象となり得る就業規則・労働契約上の制裁として行われる「懲戒」に該当する労働契約法第15条の懲戒権濫用法理
諭旨解雇対象となり得る退職を促す形式でも、就業規則・労働契約上の制裁として行われるものは「懲戒」に含まれ得る名称ではなく制裁該当性で判断する
戒告・けん責対象となり得る軽微な懲戒処分であっても「懲戒」に含まれる。処分の軽重は法定刑の適用対象性を左右しない
懲戒減給対象となり得る就業規則・労働契約の制裁規定に基づく減給は「懲戒」に該当する通常の人事評価に基づく減給とは区別する
懲戒降格対象となり得る就業規則・労働契約の制裁規定に基づく降格は「懲戒」に該当する人事権行使としての降格とは区別する
懲戒としての出勤停止対象となり得る就業規則・労働契約上の制裁としての出勤停止は「懲戒」に該当する調査中の暫定措置としての自宅待機とは区別する
通常の配置転換対象外制裁としてではなく人事権の行使として行われるものは「懲戒」に当たらない改正後第3条第1項の不利益取扱い禁止の問題は残る
通常の人事評価対象外制裁ではなく人事評価制度に基づく評価は「懲戒」に当たらない評価の恣意性が争われる場合、不利益取扱いの問題になり得る
非懲戒の降格対象外就業規則・労働契約の制裁規定によらない降格は「懲戒」に当たらない不利益取扱い禁止の問題は残る
賞与査定対象外制裁としてではなく人事評価に基づく査定は「懲戒」に当たらない経済待遇上の不利益取扱いとして問題になり得る
雇止め対象外期間満了による契約終了は「解雇」でも「懲戒」でもないのが通常改正後第3条第1項の不利益取扱い、労働契約法第19条の雇止め法理
退職勧奨対象外退職勧奨自体は「解雇」ではない実質的な退職強要は不利益取扱いの問題になり得る
フリーランスとの契約解除対象外直罰規定は改正後第3条第1項(労働者)の違反を対象とする。フリーランスへの取扱いは第5条の対象であり、直罰規定は準用されていないフリーランスへの不利益取扱いの禁止(第5条)。詳細は第4話
役員解任対象外役員の解任は第6条で別途規律され、直罰規定は準用されていない解任による損害賠償請求(第6条)

この表で特に押さえておきたいのは、フリーランスとの契約解除や役員の解任には、労働者への解雇・懲戒と同じ直罰規定が適用されないという点です。改正後第21条第1項が引用するのは改正後第3条第1項であり、これは労働者を対象とする規定です。フリーランスや役員への不利益取扱いも禁止されていますが、直罰規定という強い効果は、労働者への解雇・懲戒に限定されています。

「公益通報を理由として」の意味

刑事罰の成立には、解雇・懲戒が公益通報を「理由として」行われたことが必要です。単に通報の後に処分をしたという時間的な前後関係だけでは、この要件は満たされません。

実務上、次のような事情が、理由性を判断する手がかりとなり得ます。

公益通報と処分との時間的な近さ
処分理由が途中で変遷していないか
表面上の処分理由と、実際の処分理由が異なっていないか
上司や経営陣による、通報を非難する発言の有無
類似の非違行為があった他の従業員と比べて、処分に不均衡がないか
処分の判断者が、通報の存在を認識していたか

故意と刑事責任

刑事罰である以上、刑法上の「故意」が必要です。過失(不注意)だけでは、この犯罪は成立しません。故意が認められるためには、おおむね次のような認識が問題になると考えられます。

対象者が、法令違反に関する通報を行ったことや、その通報の内容・通報先等の基礎事実を認識していたか
自らが関与する措置が、解雇または就業規則・労働契約上の懲戒であることを認識していたか
その解雇・懲戒を、当該通報を理由として行うことを認識していたか

行為者が「その通報は公益通報者保護法上の公益通報に当たらない」と考えていた場合の評価は、それが単なる法律の不知(法律を知らなかったこと)なのか、公益通報を基礎付ける事実そのものについての誤解(事実の錯誤)なのかによって異なり得ます。この区別や、それぞれが故意の成否にどう影響するかについて、個別の事案を離れて一律の基準を示すことはできません。もっとも、「公益通報者保護法を知らなかった」と述べれば当然に処罰を免れる、というものではありません。故意の有無は、本人の供述だけでなく、メール、会議記録、発言内容、処分理由書、決裁過程の記録等の客観的な事情から総合的に判断され得ます。この点で、平時からの記録整備は、民事上の反証だけでなく、刑事上の争点においても重要な意味を持ちます。

誰が処罰対象になるのか

この記事で最も実務上重要な論点です。改正後第21条第1項は「当該違反行為をした者」を処罰対象としています。改正後第3条第1項が「事業者」に向けた規律であることから、実際に処分の意思決定・実行に関与した個人が問題となります。誰がこれに該当するかは、役職名ではなく、解雇・懲戒の意思決定、指示、実行および共謀等への具体的な関与を踏まえて、個別に判断されます。現時点の公的資料では、代表取締役、人事部長、起案担当者等の役職ごとに処罰対象を一律に区分する基準は示されていません。

処分関与者別の責任判断
関与者責任判断で確認する点直ちに処罰対象とはいえない理由
代表取締役処分の発案・承認・指示への関与、公益通報に関する認識代表者という地位だけで犯罪成立が決まるわけではない
取締役(決議に賛成)決議時の認識、処分の目的、事前の協議・指示の有無賛成票を投じたという事実だけで、故意や実行行為への関与が当然に認定されるわけではない
取締役(決議に反対・棄権)反対・棄権に至った前後の関与、事前の企画・指示の有無、反対理由の記録反対・棄権という事実だけで、一切の関与が否定されるとは限らない
執行役員代表取締役・取締役と同様の観点同上
人事部長処分理由の作成、決裁への関与、通報の認識形式的な事務処理と実質的な意思決定は区別して確認する必要がある
人事担当者起案、理由書の作成、決裁への関与、通知の実行、通報の認識上司の指示に従い形式的な事務のみを行った場合は、実質的関与の有無を個別に確認する必要がある
直属上司処分の発案、人事部への働きかけの内容、通報への言及の有無意見を述べたことと、処分を主導したことは区別される
懲戒委員会の委員審議での発言内容、決定への賛否、通報の認識形式的な出席という事実だけでは足りない可能性がある
法務担当者違法性の指摘の有無、処分設計への関与内容、違法な目的の認識・共有の有無法的リスクを指摘する行為と、違法な処分を積極的に設計する行為は区別される
外部弁護士助言の内容、事実関係の認識、違法な処分への具体的関与の有無委任に基づく通常の法的助言と、犯罪への加担とは別の問題である

重要ポイント

この表で強調したいのは、刑事責任の有無を役職だけで単純に判定できないということです。決裁印を押した全員が当然に処罰されるわけではなく、逆に、決裁ルート上に名前がなくても、処分を実質的に主導した者は関与を問われ得ます。刑法には、実行行為を直接行った者だけでなく、共同して実行した者(共同正犯)、他人をそそのかした者(教唆犯)、手助けをした者(幇助犯)を処罰する「共犯」の考え方があります。具体的に誰がどの範囲まで共犯として扱われ得るかは、条文や公的資料が一律に示しているわけではなく、個別の事案における関与の実質によって判断されます。「最終決裁者だけが処罰される」「人事部長だけが処罰される」といった単純化は避けるべきです。

法人にも3,000万円以下の罰金が科される仕組み

改正後第23条は、いわゆる両罰規定を定めています。法人に罰金を科すには法律上の根拠が必要です。両罰規定とは、行為者個人を罰するだけでなく、その行為者が業務を行っていた法人(や事業主)についても処罰するための根拠を、法律が特別に定める規定です。

個人責任と法人責任の両罰構造
個人の行為者が、法人の業務に関し、公益通報を理由に解雇・懲戒をした
個人6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(第21条第1項)
法人3,000万円以下の罰金(第23条第1項第1号)

両罰規定を理解するうえで、次の点に注意してください。

3,000万円は法定刑の上限であり、定額でも最低額でもありません。実際に科される金額は、事案ごとに裁判所が判断します
個人の罰金上限(30万円)と法人の罰金上限(3,000万円)は、法定刑として別に定められています
法人が処罰されるためには、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が、その法人の業務に関して第21条第1項の違反行為をしたことが必要です。単に違反行為者がその法人に在籍していたというだけではなく、当該行為と法人の業務との関係を確認する必要があります
「従業員が違反すれば会社も必ず処罰される」という理解は正確ではありません。行為が法人の業務に関して行われたと評価されるかなど、個別の事情によります
個人の処罰と法人の処罰が常に同時に確定するとは限りません

国及び地方公共団体については、この両罰規定(第23条第1項第1号)は適用されません(第23条第2項)。法人処罰の具体的な成立要件については、両罰規定に関する刑法上の一般法理も踏まえ、個別の事案ごとに検討する必要があります。

拘禁刑・罰金・過料の違い

刑罰や行政上の措置には、いくつかの種類があります。混同しやすい概念を整理します。

拘禁刑・罰金・過料・行政措置の比較
種類法的性質上限(本記事の文脈)誰が科すか前提となる手続
拘禁刑刑事罰(自由刑)6月以下裁判所刑事訴訟手続(捜査、起訴、公判)
個人への罰金刑事罰(財産刑)30万円以下裁判所刑事訴訟手続
法人への罰金(両罰規定)刑事罰(財産刑)3,000万円以下裁判所刑事訴訟手続
過料行政上の秩序罰(刑事罰ではない)20万円以下(報告懈怠等)裁判所(非訟事件手続)刑事訴訟手続とは異なる手続
行政上の命令・勧告行政措置(刑罰ではない)消費者庁行政手続

ここで整理した「過料」は、従事者指定義務に関する報告徴収・立入検査(第16条第1項)とは別の、一般的な報告徴収に関する報告懈怠・虚偽報告について科され得るものです。従事者指定義務に関する報告拒否・虚偽報告・検査拒否等(第16条第1項)は、本記事の冒頭表のとおり刑事罰(30万円以下の罰金、両罰規定)の対象となり、それ以外の報告徴収に関する報告懈怠等は過料の対象となります。両者は根拠となる権限も法的効果も異なるため、区別して理解してください。

特に注意したいのは、「過料」と「罰金」は異なるという点です。過料は刑事罰ではなく行政上の秩序罰であり、前科にはなりません。一方、罰金は刑事罰であり、前科として扱われます。また、「拘禁刑」は、2025年6月1日に施行された刑法改正(刑法等の一部を改正する法律・令和4年法律第67号)により、従来の懲役と禁錮を一本化した刑罰です。受刑者の改善更生を図るため、必要な作業や指導を組み合わせて実施できる制度とされています。本記事では、身体の自由を制限する刑罰であることを押さえれば十分です。

民事責任と刑事責任は何が違うか

公益通報を理由とする解雇・懲戒をめぐっては、複数の責任が並行して問題になり得ます。整理すると、次のとおりです。

民事責任・刑事責任・行政責任の比較
責任の種類対象者主な効果誰が判断するか実務上の注意
公益通報を理由とする解雇・懲戒としての不利益取扱いの無効(第3条第2項)事業者解雇、および懲戒としてされた不利益取扱いが無効となる民事裁判所労働契約法上の解雇権濫用法理等とあわせて審査される
損害賠償責任事業者、場合により個人金銭賠償民事裁判所不法行為・債務不履行等の一般法理による
推定規定(第3条第3項)公益通報をした労働者に対する解雇・懲戒通報後1年以内の処分について理由性を推定民事裁判所民事訴訟上の立証責任の問題であり、刑事裁判には及ばない
直罰規定(第21条第1項)解雇・懲戒をした個人拘禁刑または罰金刑事裁判所(検察官が起訴)検察官が犯罪事実を立証する
法人処罰(第23条第1項第1号)法人罰金(上限3,000万円)刑事裁判所個人の違反行為の存在が前提となる
従事者指定義務違反に関する行政措置300人超の事業者助言・指導・勧告・命令・立入検査消費者庁行政手続であり、刑事訴訟手続とは異なる
命令違反・検査拒否等の刑事罰(第21条第2項)命令違反等をした者・法人罰金(30万円以下、両罰)刑事裁判所従事者指定義務に関する行政措置の実効性確保のための規定
社内処分・役員責任役職員社内懲戒、株主代表訴訟等企業内部、場合により裁判所法令上の責任とは別に、企業統治上の問題として生じ得る

重要ポイント

ここで、特に重要な注意点を強調します。

解雇が民事上無効と判断されても、そのことから直ちに刑事責任が成立するわけではありません
逆に、刑事責任が成立しない(起訴されない、無罪となる)場合であっても、解雇・懲戒が民事上無効とされたり、損害賠償責任が生じたりする可能性はあります
第3条第3項の推定規定は、民事訴訟における立証責任の問題であり、刑事裁判における有罪の推定ではありません
刑事裁判では、被告人には無罪推定が及び、検察官が、合理的な疑いを超える程度まで犯罪事実を立証する責任を負います
第3条第3項の法定推定は民事上の規定であり、刑事裁判において被告人に犯罪事実を推定する効果を持ちません。同じメールや議事録等の資料が刑事事件の証拠として用いられることはあり得ますが、犯罪事実は検察官が刑事訴訟の証明基準に従って立証する必要があります

民事上の推定と刑事上の立証責任は、制度としてまったく別のものです。この違いを正確に理解しておくことが、この記事全体の土台になります。

第2話の「1年以内の推定規定」と刑事罰の違い

第2話で解説した推定規定と、本記事の刑事罰は、しばしば混同されます。整理すると、次のとおりです。

推定規定と刑事罰の比較
比較項目民事上の推定規定刑事罰
根拠条文第3条第3項第21条第1項
目的民事訴訟における立証負担の調整違法な解雇・懲戒の抑止
対象行為公益通報をした労働者への解雇・懲戒公益通報をした労働者への解雇・懲戒
期間通報後(または事業者が知った後)1年以内という限定がある期間の限定はない
立証責任要件を満たせば事業者側に反証責任が移る検察官が犯罪事実を立証する
判断主体民事裁判所刑事裁判所
法的効果公益通報を理由としてされたものと推定し、事業者側に反対事実の立証負担を負わせる拘禁刑または罰金
対象者公益通報をした労働者解雇・懲戒をした個人(法人には両罰規定)
必要な主観的要件特段の規定なし(推定の枠組みによる)故意が必要

誤解しやすい点

この表で特に強調したいのは、刑事罰には「通報後1年以内」という期間の限定がないという点です。第2話の推定規定は1年以内の解雇・懲戒に限って理由性を推定する仕組みですが、刑事罰の対象となる第21条第1項は、期間を限定していません。したがって、通報から1年を超えていても、それが公益通報を理由とする解雇・懲戒であると証拠上認められれば、直罰規定が問題となり得ます。逆に、1年以内の処分だからといって、自動的に犯罪が成立するわけでもありません。刑事罰の成立には、民事上の推定とは独立に、故意を含む構成要件該当性が検察官によって立証される必要があります。

施行日前の行為と遡及処罰

直罰規定を含む改正法の施行日は、2026年12月1日です。日本国憲法第39条は遡及処罰を禁止しており(罪刑法定主義の内容の一つです)、この原則は刑法にも反映されています。改正法附則第7条も、「この法律の施行前にした行為…に対する罰則の適用については、なお従前の例による」と定めています。したがって、施行日より前に完了した解雇・懲戒に対して、新設された第21条第1項の刑事罰を遡って適用することはできません。

もっとも、「施行日前の通報だから刑事罰は一切関係しない」というわけではありません。次のように整理できます。

施行日前に公益通報があり、施行日以後に解雇・懲戒を行った場合は、その解雇・懲戒という行為自体が施行日以後に行われている以上、新設された直罰規定の適用が問題となり得ます
施行日前に処分手続を開始し、施行日以後に処分を発令した場合、どの時点をもって「行為」がされたと評価するかは、発令日、通知日、効力発生日等の具体的な事実関係によります。この点を一律に断定することはできず、個別の確認が必要です
継続的な不利益取扱い(例えば、施行日前から続く出勤停止状態)と、ある時点で完結する解雇・懲戒とでは、評価が異なり得ます

また、刑事罰の経過措置(附則第7条)と、民事上の推定規定・不利益取扱い禁止に関する経過措置(附則第2条・第3条、第2話で解説)は、それぞれ別の規定です。両者を混同しないよう注意してください。

公益通報を理由とする一般職の国家公務員、地方公務員等への処分

本記事は民間企業を主な対象としていますが、補足として、公務員に関する規定にも触れておきます。改正後第9条は、一般職の国家公務員に加え、裁判所職員、国会職員、自衛隊法上の隊員、および一般職の地方公務員(第9条はこれらを併せて「一般職の国家公務員等」と定義しています)について、公益通報を理由とする免職その他不利益な取扱いの禁止を、国家公務員法、国会職員法、自衛隊法、地方公務員法等の定めるところによるとしています。これに違反して分限免職または懲戒処分をした者には、民間の場合と同様に、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が問題となり得ます(第21条第1項)。「一般職国家公務員」という言葉だけを見ると国レベルの公務員のみを想起しがちですが、地方公務員も対象に含まれる点に注意してください。もっとも、両罰規定(第23条第1項第1号)は、国及び地方公共団体には適用されません(第23条第2項)。独立行政法人等、国・地方公共団体以外の法人等への適用関係は、それぞれの法的地位と条文上の要件を個別に確認する必要があり、公務員関係だからといって一律に法人処罰がないと整理することはできません。

ケース別に誰の責任が問題になるか

代表的な場面を検討します。いずれも、一律に犯罪の成立・不成立を断定できるものではなく、具体的な証拠関係によって結論が左右されます。

ケース1:直属上司が通報者に立腹し、人事部へ懲戒を強く要求。人事部は十分な調査をせず処分した
直属上司が処分を主導したと評価されれば、上司の関与が問題になります。人事部についても、要求を鵜呑みにして独自の調査を行わなかった場合、通報を認識しながら処分に関与したと評価される可能性があります。法人としての責任も、これらの個人の行為が業務に関して行われたと認められるかによります。

ケース2:取締役会で解雇が決議されたが、一部取締役は反対し、理由を議事録に残した
賛成した取締役と、反対して懸念を記録に残した取締役とでは、評価が異なり得ます。議事録は、誰がどのような認識・意見を有していたかを示す重要な証拠になります。欠席した取締役についても、事前に議案の内容や通報の存在を認識していたかが問題になり得ます。

ケース3:人事担当者は処分通知書を作成・交付しただけで、通報の存在を知らなかった
実行行為として処分通知を行った事実はあるものの、通報の存在という故意の対象となる事実を認識していなければ、故意が認められない可能性があります。形式的な事務処理と、処分の実質的な意思決定への関与は区別して検討する必要があります。

ケース4:法務部が「通報を理由とする処分は違法」と警告したが、経営陣が処分を強行した
警告を無視して処分を強行した経営陣の関与が問題になります。一方、適切に違法性を指摘した法務担当者は、通常、処罰対象とは考えにくい立場です。警告の記録は、経営陣側の故意を基礎づける証拠になり得ると同時に、法務担当者自身の適正な職務遂行を示す証拠にもなります。

ケース5:公益通報とは別の重大な横領が発覚し、独立した調査を経て懲戒解雇した
処分理由が公益通報とは独立した非違行為であり、調査の過程・証拠が客観的に整理されていれば、公益通報を「理由として」いるとは評価されにくくなります。もっとも、横領の発覚経緯や調査の独立性、処分の量定が過去の同種事案と整合しているか等は、個別に確認が必要です。独立した処分理由があるからといって、刑事罰が当然に成立しないと断定できるわけでもありません。

ケース6:通報から1年3か月後に、通報したことを理由として懲戒した
第3条第3項の民事上の推定規定は、通報後1年を超えているため直ちには働きません。しかし、刑事罰の対象となる第21条第1項には期間の限定がないため、通報を理由とする懲戒であることが証拠上認められれば、直罰規定が問題となり得ます。「1年経過後は刑事罰と無関係」という理解は誤りです。

処分決定前に法務・人事が確認すべきこと

通報後に解雇・懲戒を検討する場合、次の手順で確認することをお勧めします。

処分決定前の確認フロー(13ステップ)
対象者が公益通報者に該当する可能性を確認する
公益通報の内容・通報先・保護要件を確認する
処分の発案者、起案者、審議者、承認者、実行者それぞれについて、公益通報に関する認識の有無と内容を確認する
予定する措置が解雇・懲戒に当たるか確認する
処分理由となる事実と証拠を整理する
公益通報と処分理由の関係を確認する
処分判断者の利益相反を排除する
同種事案との均衡を確認する
本人へ弁明の機会を付与する
法務・人事・コンプライアンスが刑事・民事の両面から確認する
必要に応じて外部弁護士へ相談する
判断過程、反対意見、根拠資料を記録する
処分後の報復的な取扱いを防止する

次のいずれかに該当する場合は、処分を一旦停止し、追加調査や法務確認を行う警告サインとして扱ってください。該当すること自体が犯罪の成立を直ちに意味するわけではありませんが、慎重な検討が必要です。

処分理由に「通報したこと」「外部へ話したこと」が含まれている
処分判断者が通報対象となった本人である
処分理由が途中で変わっている
客観的な証拠がない
類似事案より著しく重い処分である
処分決定者が通報者情報を不必要に共有している
法務部門から違法性の指摘がある
処分を急ぐ合理的な理由がない
経営陣による報復的な発言が記録されている

刑事責任を招きやすいNG対応

次のような対応は、刑事責任や紛争リスクを高めます。性質が異なるものが含まれるため、区別して理解してください。

「外部へ通報したから解雇する」と発言する(故意を直接裏付ける証拠になり得る)
通報したこと自体を懲戒理由書に記載する(同上)
通報内容を問題視した経営者本人が処分を決定する(利益相反・関与の証拠になる)
別の処分理由を後から作る(処分理由の変遷として、理由性の認定に不利に働き得る)
法務の違法性指摘を無視する(故意の認定材料になり得る)
人事担当者へ「理由は書かなくてよい」と指示する(記録の不存在は、後の説明を困難にする)
通報を撤回すれば処分を取りやめると告げる(通報妨害の問題にも関わる)
他の社員には軽い処分だった行為を、通報者だけ重く処分する(処分の不均衡として証拠上重視され得る)
処分理由を会議ごとに変更する(同上)
記録を削除・改変する(事実認定を歪め、民事・刑事・社内調査上の重大な問題を生じさせ得る)
関係者へ虚偽の説明を合わせるよう指示する(故意や違法な目的を推認させる事情となり得るほか、別の法的問題を生じさせ得る)
施行日前に処分日を遡らせる(実態と異なる記録の作出であり、行うべきではありません)
形式上は自主退職として処理するが、実質的に退職を強要する(不利益取扱いの一類型として問題になり得る)

これらのうち、記録の削除・改変や虚偽の説明の指示は、別の法的責任や企業統治上の重大な問題を生じさせる可能性がある行為であり、行うべきではありません。証拠を隠す方法や捜査を免れる方法は、この記事では扱いません。適正な手続を踏み、記録を正確に残すことが、企業にとっても個人にとっても最善の対応です。

施行前に企業が整備すべきこと

次の取り組みは、いずれも法律上明文で一律に義務付けられた手続ではなく、違法な処分を防止し、適正な意思決定を確保するための実務上の推奨策です。

施行前の整備ロードマップ
優先度A
通報後の解雇・懲戒に法務確認を導入する
処分理由書の記載項目を見直す
通報情報と人事判断情報の共有範囲を整理する
懲戒委員会の利益相反排除ルールを設ける
取締役会・懲戒委員会の議事録作成ルールを整備する
優先度B
人事処分決裁書に公益通報との関係確認欄を設ける
反対意見・留保意見を議事録に残す
同種事案の処分例を整理する
通報受付日・会社認識日の記録を整備する
法務相談基準を明確にする
優先度C
経営陣向け研修
管理職向け研修
人事担当者向け刑事責任研修
模擬懲戒委員会
外部弁護士への相談ルート整備
通報後の処分案件の定期監査

よくある誤解

よくある誤解と正しい理解
誤解

通報者を解雇すれば必ず刑事罰になる

正しい理解

公益通報を理由とすることと、故意が認められて初めて刑事罰の対象になります。通報後の解雇というだけで自動的に犯罪になるわけではありません

誤解

通報後1年を超えれば刑事罰はない

正しい理解

刑事罰(第21条第1項)には、民事上の推定規定のような1年の期間制限はありません

誤解

法人に必ず3,000万円の罰金が科される

正しい理解

3,000万円は上限であり、定額でも自動的に科されるものでもありません

誤解

最終決裁者だけが処罰される

正しい理解

実質的な決定・関与の内容によって判断され、決裁者以外が処罰対象になることもあります

誤解

決裁に関わった全員が処罰される

正しい理解

形式的に決裁ルートに名前があるだけで、当然に処罰されるわけではありません

誤解

人事担当者は会社の指示に従っただけなので責任を負わない

正しい理解

指示に従った事実だけで免責されるとは限りません。指示の内容の認識や、実質的な関与の程度によります

誤解

法務担当者も処分に関与した以上、必ず処罰される

正しい理解

法的リスクを指摘する行為と、違法な処分を積極的に設計する行為は区別されます

誤解

民事上、解雇が無効なら必ず犯罪になる

正しい理解

民事上の無効と刑事責任の成立は別の判断です。無効でも犯罪不成立、有効でも別の民事責任が生じることがあります

誤解

民事上の推定規定が刑事裁判にもそのまま適用される

正しい理解

刑事裁判では無罪推定が働き、検察官が立証責任を負います。民事上の推定を刑事裁判に流用することはできません

誤解

配置転換や低評価にも同じ拘禁刑が科される

正しい理解

直罰規定の対象は解雇・懲戒に限られます。配置転換や評価は、別途、不利益取扱い禁止の問題として扱われます

誤解

フリーランスとの契約解除にも同じ直罰規定が適用される

正しい理解

直罰規定は労働者への解雇・懲戒(第3条第1項)を対象とし、フリーランス(第5条)には準用されていません

誤解

通報内容が誤っていれば刑事罰は絶対に成立しない

正しい理解

通報が保護要件を満たすかどうかと、内容の最終的な真偽は別の問題であり、一律に断定できません

誤解

公益通報者保護法を知らなければ故意は否定される

正しい理解

制度を知らなかったという説明だけで当然に故意が否定されるとは限りません。客観的な事情から総合的に判断されます

誤解

会社の規程に従った処分なら犯罪にならない

正しい理解

社内規程に沿っていることは考慮要素になり得ますが、それだけで犯罪不成立が保証されるものではありません

誤解

弁護士の意見書があれば刑事責任は生じない

正しい理解

意見書の内容や、それを踏まえた判断の実質によります。意見書の存在だけで刑事責任が当然に否定されるわけではありません

実務チェックリスト

刑事責任を意識した人事処分チェックリスト
対象者による公益通報の有無を確認した
通報が法的保護の対象となり得るか確認した
処分判断者が通報の存在を知っているか確認した
予定する措置が解雇または懲戒に当たるか確認した
公益通報自体を処分理由に含めていない
独立した処分理由と客観的証拠がある
処分理由が途中で変更されていない
同種事案との処分均衡を確認した
処分判断者に利益相反がない
弁明の機会を付与した
法務・人事・コンプライアンスが確認した
刑事責任と民事責任を区別して検討した
通報者情報の共有範囲を限定した
懲戒委員会・取締役会の議事録を作成した
反対意見・留保意見を記録した
必要に応じて外部弁護士へ相談した
施行日前後の経過措置を確認した
処分後の報復的取扱いを防止する措置を確認した
判断資料を適切に保存した

実務上の留意点

このチェックリストは、確認すべき項目の一覧であり、これだけで犯罪の成立・不成立を判断できるものではありません。刑事責任が問題になり得る事案では、個別に弁護士へ相談することをお勧めします。

シリーズ全11話の案内

シリーズ全11話
第1話公益通報者保護法改正の全体像|2026年12月施行で何が変わるか改正全体像・施行準備の優先順位 第2話通報後1年以内の解雇・懲戒は「通報が理由」と推定される|立証責任転換の実務影響立証責任の転換・推定規定 現在の記事第3話通報者への解雇・懲戒に刑事罰|処分を決めた個人と法人の責任刑事罰と個人・法人の責任 第4話フリーランスも公益通報者に|業務委託先からの通報にどう備えるかフリーランス・役員への適用範囲 第5話「通報しない合意」は無効に|通報妨害・通報者探索の禁止で変わる社内対応通報妨害・通報者探索の禁止 第6話消費者庁の命令・立入検査にどう備えるか|従事者指定義務と行政監督の強化消費者庁の監督・行政対応 第7話内部通報制度の周知が法律上の義務に|「窓口はあるが知られていない」を防ぐ方法制度周知・研修 第8話内部通報規程はどこを直すべきか|改正法対応の条項別改定ポイント内部通報規程の改定 第9話従業員300人以下でも他人事ではない|中小企業・ひとり法務の改正対応300人以下・ひとり法務の対応 第10話公益通報を受けたら最初の24時間で何をするか|初動対応と証拠保全の実務初動対応・証拠保全 第11話施行日までにやることリスト|公益通報者保護法改正への対応スケジュール施行前ロードマップ・最終チェック

まとめ

直罰規定の対象は、公益通報を理由とする労働者への解雇・懲戒です。個人には6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には両罰規定により3,000万円以下の罰金が科され得ます。通報後に解雇・懲戒をしただけで自動的に犯罪になるわけではなく、処罰対象者は役職名ではなく、処分への具体的な関与、通報の認識、故意によって判断されます。

民事上の推定規定と刑事罰は別の制度であり、刑事罰には第3条第3項のような1年の推定期間の制限はありません。また、直罰の対象外となる配置転換や降格等についても、公益通報を理由とする不利益取扱い自体は禁止され続けます。

企業としては、処分理由、意思決定者、利益相反の有無、証拠、議事録を平時から整備しておくことが基本です。刑事責任が具体的に問題となり得る重大な案件では、外部弁護士への相談を検討してください。

次の記事では、公益通報者の範囲に新たに加わったフリーランスについて、業務委託契約の解除への対応を解説します。

次の記事:フリーランスも公益通報者に|業務委託先からの通報にどう備えるか

主な参照資料

e-Gov法令検索「公益通報者保護法」(デジタル庁、改正後条文本文)
消費者庁「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)の概要」(消費者庁参事官(公益通報・協働担当)室、令和8年3月31日)
消費者庁「公益通報者保護制度Q&A」(消費者庁、罰則その他事項に関するQ&Aを含む)
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