2026年施行・公益通報者保護法改正対応シリーズ

第5話

「通報しない合意」は無効に|通報妨害・通報者探索の禁止で変わる社内対応

2026年12月施行の改正公益通報者保護法では、通報しない合意の要求や不利益取扱いの予告等による通報妨害、通報者を特定する目的の探索行為が禁止されます。無効となる合意、秘密保持条項、和解、匿名通報、社内調査の注意点を解説します。

施行日 2026年12月1日
通報妨害・通報者探索の禁止
企業法務
内部通報制度
2026年改正

退職時に「会社の不正を外部へ話さない」と誓約させることはできるでしょうか。解決金を支払う代わりに行政機関への通報を禁止できるでしょうか。匿名通報者に氏名を尋ねることは違法でしょうか。通報後にメールやアクセスログを調べることは、それだけで通報者探索になるのでしょうか。

結論を先に示します。正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意を求めることや、通報した場合に不利益な取扱いをすると告げること等によって公益通報を妨げることは禁止され、これに違反してされた合意その他の法律行為は無効となります。また、正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為も禁止されます。ただし、通常の秘密保持義務や、必要な社内調査・情報漏えい調査が一律に禁止されるわけではありません。目的、必要性、手段、範囲、代替方法を確認しながら対応することが重要です。

この記事で分かること

通報妨害と通報者探索は何が違うのか
どのような合意・契約条項が無効になり得るのか
秘密保持契約や和解契約の守秘義務はどこまで許されるのか
匿名通報者にどこまで質問できるのか
社内調査・情報漏えい調査と通報者探索の境界はどこにあるのか
通報者探索、範囲外共有、従事者守秘義務はどう違うのか

条文解説にとどめず、契約書、退職手続、和解、社内調査、情報システム調査の実務に使える記事とすることを目指します。

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通報妨害・通報者探索で何が変わるのか

改正前から、法定指針は通報者探索を防止する措置を求めており、また、公益通報をしない旨の合意は民法上の公序良俗違反(民法第90条)として無効になり得ると考えられていました。しかし、これが労働者等にとって明確ではなく、公益通報を躊躇させる要因になっているとの指摘がありました。今回の改正は、この点を法律上明確なルールとして定めるものです。「改正前は何をしても自由だった」わけではない点に注意してください。

改正前と改正後の比較
論点改正前改正後企業実務への影響
通報しない合意民法上の公序良俗違反として無効となり得るが、明文規定なし正当な理由のない要求を法律上禁止し、違反した合意等を無効と明記(第11条の2)誓約書・契約書の該当条項の点検が必要
不利益取扱いの予告実際の不利益取扱いは第3条・第5条等で禁止されていたが、予告・示唆自体への明文規定なし不利益取扱いを告げる行為自体が通報妨害として禁止管理職・人事担当者への周知が必要
通報撤回の要求明文規定なし通報を妨げる行為として問題になり得る撤回を条件とする運用の点検
秘密保持条項公序良俗違反の一般法理で対応公益通報を妨げる内容・運用は第11条の2の問題になり得ることが明確化条項の文言・運用の点検
通報者の特定法定指針上の防止措置の対象正当な理由のない特定目的行為を法律上禁止(第11条の3)調査手順の点検
匿名通報者への質問指針解説等での取扱いにとどまる探索禁止の枠内で目的・必要性を確認する対象として明確化受付フォーム・質問ルールの点検
社内調査特段の規定なし探索禁止との関係で、調査目的・範囲の整理が重要に調査手順書の見直し
情報漏えい調査特段の規定なし実質的な目的が通報者特定であれば問題になり得る調査目的の明確化・記録
違反した合意の効力公序良俗違反の一般法理により個別判断該当する合意等が法律上明記されて無効予見可能性の向上
社内規程・研修法定指針上の要請にとどまる法律上の禁止規定を踏まえた規程・研修の見直しが必要規程改定、管理職研修の実施

通報妨害と通報者探索の違い

この2つは目的も条文も異なります。混同しないよう、まず整理します。

通報妨害と通報者探索の比較
比較項目通報妨害通報者探索
根拠条文第11条の2第11条の3
目的通報行為そのものを阻害する、または撤回させる誰が通報したかを特定する
典型行為通報しない旨の合意の要求、不利益取扱いの告知候補者への聞き取り、ログ・記録の照合による特定
対象となる時点通報前・通報後を問わない(通報を予定する者も含む)通報後(誰が通報したか不明な状態)
保護される対象第2条第1項各号に定める関係者(労働者、派遣労働者、特定受託業務従事者等)が行う公益通報公益通報をした公益通報者
禁止行為の相手方原則として公益通報を行い得る関係者公益通報者本人に限らず、同僚、従事者その他第三者への質問や、端末・ログ等の調査も含み得る
正当な理由要件として明記要件として明記
法律行為の無効明文規定あり(第11条の2第2項)明文規定なし
直接の刑事罰なしなし
実務上の関係部署法務、人事、契約担当部署内部監査、情報システム、調査担当部署
通報妨害・通報者探索の構造

通報妨害

通報をさせない・撤回させる → 通報行為そのものを阻害する

通報者探索

誰が通報したかを探す → 通報者の特定を目的とする

両方が同時に問題となる場面もあります。例えば「誰が通報したか名乗れば処分を軽くする」という発言は、通報者を特定しようとする点で探索であり、同時に不利益取扱いを示唆して通報を萎縮させる点で妨害にもなり得ます。「通報者を探し出し、撤回を迫る」という一連の行為も、探索と妨害の両方に該当し得ます。

どのような行為が通報妨害になるか

改正後第11条の2第1項は、事業者が、第2条第1項各号に定める関係者に対し、正当な理由なく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならないと定めています。「合意を求めること」自体が対象であり、実際に相手が同意しなくても、また実際に不利益取扱いを行わなくても、告げる行為自体が通報妨害になり得る点に注意してください。書面に限らず、口頭、メール、チャット、会議での発言も対象になり得ます。

通報妨害となり得る行為
行為通報妨害となり得るか判断上のポイント正当な理由の検討
「社外へ通報しない」と誓約させるなり得る公益通報を包括的に禁止する内容か通常は正当な理由が認められにくい
行政機関への申告を禁止するなり得る2号通報を一律に禁止する内容か同上
報道機関への通報を一律に禁止するなり得る法定要件を満たし得る3号通報まで包括的に禁止する内容か同上
通報したら解雇すると告げるなり得る不利益取扱いを告げる典型例正当な理由は想定しにくい
通報したら契約解除すると告げるなり得るフリーランスに対する場合も同様同上
通報したら損害賠償を請求すると告げるなり得る請求の可能性を示して萎縮させる効果があるか同上
通報撤回を昇進・退職金・解決金の条件にするなり得る給付・処遇と通報しないことを結び付けているか正当な理由は想定しにくい
社内窓口だけを使うよう強制するなり得る2号・3号通報を事実上封じる内容か単なる案内・推奨との区別が必要
通報者へ沈黙を求める個別判断既に行った通報の内容自体を口外しないよう求めているか調査中の情報管理目的であれば正当な理由になり得る
従事者が、通報者への不利益取扱いを防ぐため、通報者に対し窓口への相談を口外しないよう依頼する通常は該当しない通報者保護を目的とし、2号・3号通報を妨げる趣旨と誤解されない伝え方か個別事情により正当な理由が認められる場合がある
第三者のプライバシーを外部へ公開しないよう求める通常は該当しない公益通報自体を制限するものではないか正当な理由になり得る
SNSへの不特定多数向け投稿を禁止する個別判断SNSへの一般公開は、直ちに3号通報として保護されるとは限らない一方、被害拡大防止に必要な場合は該当し得る。禁止条項が3号通報の保護要件を満たす通報まで実質的に妨げていないか投稿先・公開範囲・目的・内容による
営業秘密の不当な持出しを禁止する通常は該当しない公益通報に必要な範囲を超えた持出しの禁止か正当な理由になり得る

誤解しやすい点

この表のポイントは、一律の適法・違法判定ではなく、対象となる通報の種類、目的、対象情報、手段、範囲によって結論が変わるということです。「公益通報に関係する秘密保持義務はすべて禁止される」という理解は誤りです。事業者が法令違反の有無について調査や是正に向けた対応を行っている場合に、その事実を外部に口外しないよう求めることなどは、正当な理由の例として挙げられています。もっとも、正当な理由は例外的・限定的な場合にとどめるべきとされており、企業の都合だけで広く認められるものではありません。

無効になり得る契約・誓約書

改正後第11条の2第2項は、同条第1項に違反してされた合意その他の法律行為を無効としています。ここで重要なのは、契約全体が当然に無効になるとは限らないという点です。もっとも、条文が当然に「該当条項だけが一部無効となる」と定めているわけでもありません。無効となる範囲は、公益通報を妨げる部分を独立した法律行為として捉えられるか、契約の他の部分と分離できるかなど、契約内容の可分性を含む民法上の一般法理によって個別に判断されます。

無効になり得る契約・誓約書
契約・書面問題になり得る文言無効となり得る範囲別途残る有効な義務
雇用契約・就業規則「一切の内部情報を外部に漏らしてはならない」等の包括条項公益通報を妨げる部分通常の秘密保持義務、営業秘密の保護
退職時誓約書「在職中に知った会社の不正について、行政機関等へ一切申告しない」公益通報を妨げる部分個人情報・顧客情報等の通常の秘密保持
秘密保持誓約書公益通報を含めた一切の外部開示を禁止する条項公益通報を妨げる部分営業秘密・技術情報等の保護
和解契約・示談書将来の公益通報を全面的に禁止・放棄させる条項当該条項和解金額・交渉過程等の通常の守秘義務(後述)
退職合意書・解決金支払合意通報したら解決金を返還させる条項当該条項その他の合意内容
業務委託契約「発注者の対応に関する情報を一切開示してはならない」等の広範な条項公益通報を妨げる部分通常の秘密保持義務
役員委任契約公益通報をしないことを条件とする再任・処遇の約束当該部分通常の善管注意義務・守秘義務
通報撤回書撤回と引き換えに不利益取扱いをしないことを約束させる形式のもの撤回の強要に当たる部分
違約金条項公益通報をしたこと自体を契約違反として違約金を科す条項当該条項他の契約違反に基づく違約金請求

「第11条の2違反があれば契約全体が必ず無効になる」と考えるのは誤りです。修正の方向性としては、例えば次のような除外規定を設けることが考えられます。「本条は、公益通報者保護法その他の法令に基づく通報、申告、相談または行政機関等への情報提供を妨げるものではない」。ただし、これは完成された条項ではなく方向性の一例であり、実際の契約への反映には、契約全体との整合性や個別事情に応じた確認が必要です。無効規定の直接効果と、損害賠償・不法行為等の別の問題は区別して検討してください。

和解・退職合意の守秘義務はどこまで許されるか

この記事の中心的な実務論点の一つです。労働紛争やハラスメント紛争の和解・退職合意には、一般に、和解金額や交渉内容についての守秘義務条項が置かれます。消費者庁は、守秘義務条項が「正当な理由」のない通報妨害に該当するかどうかは個別具体の事案に即して判断されるため一概には判断困難としつつ、少なくとも、裁判上、両当事者の合意の下で行った和解については、事後的に違法性が認定されたり、和解内容が一律に無効となったりする可能性は高くないとの見解を示しています。この見解は「裁判上の、両当事者合意による和解」について述べたものであり、私的な示談や、企業側が一方的に用意した誓約書一般に、当然に同じ評価が及ぶとまでは言えません。「和解の守秘義務条項はすべて違法」という理解は誤りですが、対象情報、合意の経緯、当事者の対等性、例外となる開示先、違反時の制裁等を踏まえた個別の確認は必要です。

一方で、次のような内容・運用は問題になり得ます。

将来の公益通報を全面的に禁止・放棄させる条項
既に行った公益通報の撤回を和解成立の条件とする条項
公益通報をした場合に解決金を返還させる条項
行政機関への申告や、弁護士・税理士・家族への相談まで一律に禁止する条項

逆に、次のような内容は、通常、正当な理由の範囲内と考えられます。

和解金額や交渉過程そのものを、みだりに第三者へ話さないこと
関係者の個人情報を不必要に公開しないこと
裁判所、行政機関その他法令上必要な開示を妨げないこと
弁護士・税理士等の専門家への相談を妨げないこと

「和解契約に守秘義務を置くことはすべて違法」でも「守秘義務条項があれば何を約束させても適法」でもありません。対象情報、対象期間、開示先の例外、制裁の内容、実際の運用を個別に確認する必要があります。

「正当な理由」とは何か

第11条の2・第11条の3のいずれにも「正当な理由がなく」という要件があります。消費者庁は、正当な理由について、例外的かつ限定的な場合にとどめるべきという一般論を示しています。判断にあたっては、目的だけでなく、手段の必要性・相当性・範囲も重要です。同じ目的を達成できる、より制限的でない方法がないか、期間・対象者・対象情報を必要最小限にしているかが問われます。「社内ルールだから」「上司が必要だと言ったから」という理由だけでは正当化できません。

公表されている資料からは、次のような場面が正当な理由の例として挙げられています。

事業者が法令違反の事実の有無について調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、その事実を事業者外部に口外しないよう求めること(通報妨害との関係)
通報者がどの部署に所属し、どのような局面で不正を認識したか等を特定しなければ、通報内容の信憑性や具体性に疑義があり、必要性の高い調査を実施できない場合に、従事者が詳細な情報を尋ねること(通報者探索との関係)

正当な理由の有無は、最終的には個別の事案ごとの判断です。企業が独自に広い免責基準を作り、これに当てはまれば常に正当化されると解釈することは避けてください。

通報者探索とはどのような行為か

改正後第11条の3は、事業者が、正当な理由なく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求すること、その他公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならないと定めています。ポイントは「目的とする行為」である点です。禁止されるのは、通報者が結果的に判明することそのものではなく、通報者を特定すること自体を目的とする行為です。

通報者探索となり得る行為
行為探索となり得るか目的代替方法
匿名通報者に名乗るよう強制するなり得る通報者の特定匿名のまま連絡を取れる手段を用意する
部署内で誰が通報したか聞き回るなり得る同上不正事実の調査に限定した質問にとどめる
通報文の文体から作成者を推測するなり得る同上
通報に添付された資料のアクセス履歴を調べる目的次第通報者特定が目的なら該当資料の内容自体の調査にとどめる
通報日時の入退室履歴を照合する目的次第同上
メール送信履歴を調査する目的次第通報者特定が目的なら該当不正事実に関するメールの内容調査にとどめる
候補者を一人ずつ呼び出して確認するなり得る通報者の特定
通報者を知る従事者へ開示を迫るなり得る同上従事者の守秘義務を尊重する
情報提供への報奨金を提示するなり得る同上
通報者候補へ不利益を示唆するなり得る(通報妨害にも該当し得る)同上
不正事実を調査する過程で結果的に通報者が判明する通常は該当しない不正事実の調査
通報者本人が自発的に名乗る該当しない
通報者の同意を得て必要な範囲で氏名を共有する該当しない調査への協力等、同意に基づく共有

「通報者を特定する情報を扱う行為はすべて探索」ではありません。不正事実そのものを調査する過程で、結果的に通報者が誰かを知ることになったとしても、それ自体が第11条の3違反になるわけではありません。問題となるのは、あくまで通報者の特定を目的とする行為です。

匿名通報者にどこまで質問できるか

匿名通報の受付は多くの企業で導入されていますが、調査のために事実関係の詳細を確認したい場面があります。折り返し連絡先を尋ねることが、直ちに違法な探索になるわけではありません。

匿名通報者への質問項目の考え方
質問項目質問目的回答を必須にできるか探索リスク
通報対象事実の日時・場所・関係者調査の実施調査上有用だが強制は避ける低い
証拠資料の追加提供調査の実施同上低い
追加連絡が可能か調査の実施・結果連絡任意とすべき低い(任意である限り)
匿名の連絡用アカウント・番号匿名性を維持した連絡提供を推奨する運用が望ましい従事者が公益通報対応業務のため、通報者の意向を前提に、個人とひも付かない連絡先を任意で尋ねる限りは低い
氏名・所属・社員番号本人確認が必要な場面での利用受付の必須要件とすることは慎重な検討が必要受付要件化は高い

通報者が匿名性を維持できる選択肢を用意すること(匿名の連絡用メールアドレスやシステム上のID等)が望ましい対応です。氏名・所属を取得しなければ受付を認めない制度は、匿名通報を事実上排除することにつながりかねず、慎重な検討が必要です。一方で、匿名であることだけを理由に調査をしないことも適切ではありません。なりすましや虚偽通報への対応と、匿名通報者の排除は同じ問題ではなく、通報内容の信頼性は、氏名の有無ではなく内容の具体性・整合性等から評価することが基本です。

社内調査と通報者探索の境界

企業には、通報された不正事実を調査する必要があります。この調査自体が禁止されるわけではありません。次のフローで、調査目的が通報者の特定にすり替わっていないかを確認してください。

調査手順(12ステップ)
調査目的を明確にする
調査対象事実を特定する
通報者特定が調査目的に含まれていないか確認する
調査対象者・期間・資料を必要最小限に限定する
通報対象者との利益相反を排除する
メール・端末・アクセスログ調査の必要性を確認する
より制限的でない代替手段を検討する
個人情報・プライバシー・就業規則を確認する
法務・コンプライアンスが確認する
調査目的・範囲・決裁者を記録する
調査中に通報者が判明した場合の情報管理を定める
調査結果と通報者情報を分離して管理する

次のいずれかに該当する場合は、追加確認が必要な警告サインとして扱ってください。直ちに違法と断定するものではありませんが、慎重な検討が必要です。

調査目的が「通報者を見つけること」になっている
通報対象となった経営者本人が調査を指示している
全社員のメールを無限定に調べる
調査期間・キーワード・対象者が設定されていない
通報者を処分することを前提に調査している
より限定的な方法を検討していない
ログ調査の決裁・記録がない
通報者情報を人事・現場へ広く共有する予定になっている

「調査中に通報者が判明したら違法」でも「不正調査は一切できない」でもありません。一方で、「不正調査のため」という名目だけで、無制限にログ・メール・端末を調査できるわけでもありません。目的と手段の均衡を意識してください。

情報漏えい調査はできるか

報道や外部への情報提供があった場合、企業は、それが公益通報による情報提供か、単なる情報漏えいかを、最初から判別できないことがあります。代表的な場面を検討します。

ケース1:報道機関が社内資料を報道したが、公益通報か不正な情報漏えいか不明である
調査目的を「情報の流出経路の確認」と「報道内容が事実かどうかの確認」に整理し、通報者特定そのものを目的としないことが重要です。仮に公益通報に該当する場合、報道内容の根拠となった不正行為自体への対応も必要になります。

ケース2:顧客の個人情報が外部へ流出した疑いがある
個人情報保護法上の対応(漏えい原因の調査、影響範囲の確認、必要な報告等)は独立して必要です。この調査自体は問題ありませんが、調査対象が特定の社員(通報をした可能性がある者)に不自然に偏っていないか確認してください。

ケース3:営業秘密が競合会社へ送信された疑いがある
営業秘密の保護は正当な調査目的です。もっとも、送信内容が公益通報に該当する情報提供であった可能性がある場合は、調査の実質的な目的が通報者の特定になっていないか、慎重に確認する必要があります。

ケース4:行政機関から資料提供を受けたとの連絡があった
行政機関への通報(2号通報)である可能性が高い場面です。通報者を特定するための調査は避け、行政機関からの照会に必要な範囲での対応にとどめるべきです。

ケース5:通報対象となった役員が「情報漏えい調査」と称して、通報者候補のメールを調べようとしている
これは典型的な利益相反です。通報対象となった者が調査を主導・指示することは避け、独立した部門・担当者が調査の要否・範囲を判断する必要があります。「情報漏えい調査」という名目自体は、実質的な目的が通報者特定であれば、通報者探索の問題を免れません。

いずれのケースも、「情報漏えい調査なら必ず適法」でも「公益通報の可能性があれば調査を一切できない」でもありません。調査を開始する前に、通報者の特定につながりにくい代替手段で目的を達成できないかを検討してください。例えば、匿名アンケートの実施や、調査事項を資料の保管場所・保管方法等の一般的事項にとどめる方法です。流出経路の特定という目的を掲げるだけで、メール・端末・ログの広範な調査が当然に正当化されるわけではありません。調査の必要性、目的、対象、手段、範囲の相当性を記録し、外部専門家の関与が必要な事案かどうかも検討してください。

通報者探索と範囲外共有は何が違うか

この2つは、しばしば混同されますが、別の概念です。第12条の従事者守秘義務も含め、3つを整理します。

通報者探索・範囲外共有・従事者守秘義務の比較
項目通報者探索範囲外共有従事者守秘義務
定義未判明の通報者を特定する目的の行為既に取得した通報者を特定させる事項を、必要な範囲を超えて共有する行為従事者が正当な理由なく特定事項を漏らす行為
根拠第11条の3法定指針・指針の解説上の概念守秘義務:第12条/違反時の罰則:第22条
対象となる情報誰が通報したかという未知の事実既に判明している通報者特定情報従事者が業務上知り得た特定事項
行為の時点通報者が不明な段階通報者が判明した後同左
直接の刑事罰なしなし(従事者以外による共有の場合)あり(30万円以下の罰金)
3つの概念の関係
通報者探索:未知の通報者 → 誰かを探す(禁止)
範囲外共有:既に判明した通報者情報 → 必要範囲を超えて伝える(指針上の防止対象)
従事者守秘義務:従事者が正当な理由なく特定事項を漏らす → 第12条違反となり、第22条の罰則(30万円以下の罰金)の対象

探索を行わなくても、既に分かっている通報者情報を広く共有すれば、範囲外共有の問題になり得ます。「既に分かっている情報を共有しても探索ではないから問題ない」という理解は誤りです。また、探索によって通報者を特定し、それをさらに共有すれば、探索と範囲外共有の両方の問題が生じ得ます。氏名だけでなく、所属、役職、通報内容、文体、添付資料等も、組み合わせによって通報者を特定させる事項になり得るため、口頭、メール、会議資料、チャット、紙資料のすべてを含めて管理する必要があります。役員・人事・現場管理職だからといって、当然に通報者情報を共有してよいわけではありません。

違反した場合の効果

それぞれの行為について、法的な効果を整理します。第11条の2・第11条の3のいずれにも、労働者への解雇・懲戒(第21条第1項)と同じ直罰規定は設けられていません。もっとも、直接の刑事罰がないことは、これらの行為が許されることを意味しません。

違反した場合の効果
行為類型根拠条文・指針無効規定直接の刑事罰民事上の問題・社内対応
通報妨害第11条の2あり(第2項)なし不法行為に基づく損害賠償等が問題になり得る。社内規程上の懲戒対象にもなり得る
通報者探索第11条の3なしなし個別の行為態様により、強要、名誉毀損、個人情報保護法違反等の別問題が生じ得る
範囲外共有法定指針・指針の解説なし(従事者による場合で第12条の構成要件を満たすときは第12条・第22条の問題)不利益取扱いの誘発、信頼喪失等のリスク
従事者守秘義務違反守秘義務:第12条/罰則:第22条あり(30万円以下の罰金)従事者の地位に伴う独立した刑事責任
公益通報を理由とする解雇・懲戒第3条あり(第2項)あり(第21条第1項)第2話・第3話を参照
通報を理由とする損害賠償請求第7条事業者は公益通報による損害を理由に賠償請求できない

存在しない罰則や行政処分を想定しないよう注意してください。第11条の2・第11条の3への違反自体に直接の刑事罰が科されるわけではありませんが、無効規定や、他の法令・社内規程による対応は別途あり得ます。

ケース別に考える

ケース1:退職時に「会社の不正を行政機関へ申告しない」と誓約させた
通報妨害に当たり得ます。2号通報を包括的に禁止する内容であり、正当な理由は想定しにくい類型です。当該条項は無効となり得ます。

ケース2:ハラスメント紛争の和解契約に、和解金額と交渉内容の守秘義務を設けた
直ちに違法とはいえません。金額や交渉過程の守秘は、通常、正当な理由の範囲内と考えられます。もっとも、将来の公益通報自体を禁止する内容が含まれていないか確認が必要です。

ケース3:通報者へ「通報を撤回すれば懲戒しない」と告げた
通報妨害と不利益取扱いの示唆の両方が問題になり得ます。撤回と処分を引き換えにする発言は、通報を萎縮させる典型例です。

ケース4:匿名通報者へ、追加確認のため匿名連絡用メールアドレスを尋ねた
法律上の守秘義務を負う従事者が、公益通報対応業務を進めるため、通報者の意向を前提としたうえで、私用電話番号や、業務用でなく個人とひも付かないメールアドレス等、支障のない連絡先を尋ねる場合には、通常、「正当な理由」のない通報者探索には当たらないと考えられます。もっとも、通報者は連絡先を尋ねられても回答しなくてよく、回答した後も匿名を維持できることが前提です。氏名や所属先が推測できるような連絡先の提供を求めたり、回答を強制したりする場合は、別途慎重な検討が必要です。

ケース5:匿名通報後、上司が部署内で「誰が通報したか」と聞き回った
公益通報者を特定することを目的として聞き回っている場合は、第11条の3の通報者探索に該当し得ます。正当な理由が認められる場面は限定的であり、調査を中止して法務・コンプライアンス部門が目的と必要性を確認すべきです。

ケース6:不正調査のためアクセスログを確認した結果、通報者が判明した
調査の目的が不正事実の解明であり、通報者特定を目的としていなければ、結果的な判明自体は第11条の3違反ではありません。もっとも、調査対象・範囲が不自然に通報者候補へ偏っていなかったかは確認が必要です。

ケース7:報道機関への資料流出を受け、全社員のメール・端末を無限定に調査した
調査範囲が必要最小限を超えている可能性があります。目的が流出経路の特定であっても、対象・期間・手段を絞らず全社員を無限定に調査することは、通報者探索と評価されるリスクを高めます。

企業側のNG対応

次のような対応は、通報妨害・通報者探索・範囲外共有・不利益取扱いのいずれか、または複数の問題を生じさせます。

「外部へ通報しない」と誓約させる(第11条の2の問題)
通報したら解雇・懲戒すると告げる(第11条の2の通報妨害。実際に行えば第3条の不利益取扱いの問題となる)
通報したら業務委託契約を解除すると告げる(第11条の2の通報妨害。実際に解除すれば第5条も問題となり得る)
通報したら違約金を請求すると告げる(第11条の2の問題)
通報撤回を解決金支払の条件にする(第11条の2の問題)
社内窓口以外への通報を一律に禁止する(第11条の2の問題)
匿名通報者へ氏名開示を強要する(第11条の3の問題)
部署内で聞き回る(第11条の3の問題)
アクセスログを通報者特定目的で調べる(第11条の3の問題)
情報漏えい調査を名目に無限定な端末調査をする(第11条の3の問題)
通報対象者本人が探索・調査を指示する(利益相反、第11条の3の問題)
通報者候補へ圧力をかける(第11条の3、場合により第11条の2の問題)
通報者情報を人事・現場へ広く共有する(範囲外共有の問題)
従事者へ通報者情報の開示を求める(求める行為自体は第11条の3の探索、実際の開示があれば範囲外共有および第12条の守秘義務違反が問題となり得る)
調査目的・範囲・決裁を記録しない(実効性・説明責任の問題)
秘密保持条項を根拠に行政機関への通報を妨げる(第11条の2の問題)

施行日前に企業が整備すべきこと

次の取り組みには、法律上の明文義務だけでなく、法令違反を防ぐための実務上の推奨策も含まれます。

施行前の整備ロードマップ
優先度A
退職時誓約書・秘密保持契約・和解契約を棚卸しする
公益通報を妨げる条項・運用を洗い出す
通報者探索を禁止する社内方針を定める
社内調査開始前の法務確認フローを設ける
匿名通報者への質問ルールを整備する
情報漏えい調査の目的・範囲・決裁ルールを整備する
優先度B
契約書へ公益通報等を妨げない除外文言を検討する
和解・退職合意のチェックリストを作る
メール・端末・ログ調査の基準を作る
通報者情報へのアクセス権限を見直す
通報者探索と範囲外共有の社内定義を整理する
利益相反排除ルールを整備する
調査記録様式を作る
優先度C
経営陣向け研修
人事・法務向け研修
内部監査向け調査研修
情報システム部門向け研修
管理職向け研修
模擬匿名通報訓練
既存契約の定期監査
ログ調査案件の事後監査

施行日は2026年12月1日です。改正法附則第5条により、第11条の2第2項の無効規定は、施行後にされた合意その他の法律行為に適用され、施行前にされた法律行為には適用されません。したがって、既存の秘密保持契約・和解契約・退職時誓約書が、この無効規定によって遡って無効になるわけではなく、既存契約を一律にすべて改定しなければならないとまでは言えません。もっとも、施行後に、既存条項を示して通報を思いとどまらせる、再度誓約を求める、条項を根拠に不利益取扱いを告げる、通報の撤回を迫るといった行為を行えば、第11条の2第1項の通報妨害として別途問題になり得ます。既存契約の文言そのものよりも、施行後の運用に注意を向けることが実務上重要です。

よくある誤解

よくある誤解と正しい理解
誤解

秘密保持条項はすべて無効になる

正しい理解

通常の秘密保持義務が直ちに無効になるわけではありません。公益通報を妨げる内容・運用が問題になります

誤解

退職者へ秘密保持を求めることはできない

正しい理解

通常の秘密保持義務を求めること自体は可能です。公益通報を包括的に禁止する内容が問題になります

誤解

和解契約に守秘義務を置くことはすべて違法である

正しい理解

裁判上、両当事者の合意の下で行った和解については、事後的に違法・無効と評価される可能性は高くないとされています。ただし、私的な示談等も含め、公益通報を妨げる目的・内容・効果があるかは個別に確認する必要があります

誤解

通報しない合意に署名しなければ違反にならない

正しい理解

合意を「求めること」自体が対象であり、実際に署名・成立しなくても通報妨害になり得ます

誤解

実際に不利益取扱いをしなければ通報妨害ではない

正しい理解

不利益取扱いを行うと告げること自体が通報妨害になり得ます

誤解

社内窓口以外への通報を禁止できる

正しい理解

2号・3号通報を一律に禁止することは通報妨害の問題になり得ます

誤解

匿名通報者に何も質問できない

正しい理解

調査に必要な事実確認や、匿名性を維持した連絡先の確認は可能です

誤解

連絡先を尋ねれば必ず通報者探索になる

正しい理解

目的が調査・連絡の必要性に基づくものであれば、直ちに探索になるわけではありません

誤解

不正調査中に通報者が判明すれば違法である

正しい理解

調査目的が通報者特定でなければ、結果的な判明自体は第11条の3違反ではありません

誤解

情報漏えい調査は一切できない

正しい理解

情報漏えいの有無・原因を調査すること自体は禁止されていません

誤解

情報漏えい調査と名付ければ探索にならない

正しい理解

名目にかかわらず、実質的な目的が通報者特定であれば探索の問題になり得ます

誤解

通報者本人が自発的に名乗っても違法である

正しい理解

本人の自発的な行為であり、事業者による探索行為ではありません

誤解

既に分かっている通報者情報を広く共有しても探索ではないから問題ない

正しい理解

既知の情報の共有は探索ではありませんが、必要範囲を超えれば範囲外共有の問題になります

誤解

通報者探索と範囲外共有は同じである

正しい理解

未知の通報者を特定する行為(探索)と、既知の情報を必要以上に共有する行為(範囲外共有)は別の概念です

誤解

通報妨害・探索には必ず刑事罰が科される

正しい理解

第11条の2・第11条の3自体に直接の刑事罰は設けられていません

誤解

通報妨害の合意は契約全体を必ず無効にする

正しい理解

無効となるのは問題となる部分であり、契約全体が当然に無効になるわけではありません

誤解

300人以下の企業には第11条の2・第11条の3が適用されない

正しい理解

これらは企業規模による適用除外がある規定ではなく、企業規模を問わず適用されます

誤解

フリーランスに対する通報妨害は禁止されない

正しい理解

第2条第1項各号に定める関係者にはフリーランス(特定受託業務従事者)も含まれます

誤解

施行日前の契約書は確認しなくてよい

正しい理解

施行日以後にその条項を根拠として公益通報を制限すれば問題になり得るため、点検が望ましいです

実務チェックリスト

通報妨害・通報者探索対応チェックリスト
退職時誓約書を確認した
秘密保持契約を確認した
和解・示談契約を確認した
業務委託契約の対外発信禁止条項を確認した
公益通報等を妨げない除外文言を検討した
通報撤回を給付・処遇の条件としていない
通報した場合の不利益取扱いを示唆していない
社内窓口以外への通報を一律に禁止していない
匿名通報を受け付ける方法がある
匿名通報者への質問ルールを定めた
氏名・所属の開示を不必要に強要していない
通報者探索を禁止する規程を設けた
管理職への周知を行った
社内調査の目的・範囲を記録する様式がある
メール・端末・ログ調査の決裁ルールがある
調査対象・期間・キーワードを限定している
より制限的でない代替手段を検討した
通報対象者を調査判断から外している
通報者情報の共有範囲を限定した
通報者探索と範囲外共有を区別している
従事者守秘義務との違いを周知した
情報システム部門向け研修を計画した
施行日前の契約・誓約書を棚卸しした
個別案件を弁護士へ相談する基準を定めた

実務上の留意点

このチェックリストは確認事項の一覧であり、これだけで個別案件の適法性が判断できるものではありません。個別の事案については、記録を踏まえたうえで、法務部門や弁護士による具体的な検討が必要です。

シリーズ全11話の案内

シリーズ全11話
第1話公益通報者保護法改正の全体像|2026年12月施行で何が変わるか改正全体像・施行準備の優先順位 第2話通報後1年以内の解雇・懲戒は「通報が理由」と推定される|立証責任転換の実務影響立証責任の転換・推定規定 第3話通報者への解雇・懲戒に刑事罰|処分を決めた個人と法人の責任刑事罰と個人・法人の責任 第4話フリーランスも公益通報者に|業務委託先からの通報にどう備えるかフリーランス・役員への適用範囲 現在の記事第5話「通報しない合意」は無効に|通報妨害・通報者探索の禁止で変わる社内対応通報妨害・通報者探索の禁止 第6話消費者庁の命令・立入検査にどう備えるか|従事者指定義務と行政監督の強化消費者庁の監督・行政対応 第7話内部通報制度の周知が法律上の義務に|「窓口はあるが知られていない」を防ぐ方法制度周知・研修 第8話内部通報規程はどこを直すべきか|改正法対応の条項別改定ポイント内部通報規程の改定 第9話従業員300人以下でも他人事ではない|中小企業・ひとり法務の改正対応300人以下・ひとり法務の対応 第10話公益通報を受けたら最初の24時間で何をするか|初動対応と証拠保全の実務初動対応・証拠保全 第11話施行日までにやることリスト|公益通報者保護法改正への対応スケジュール施行前ロードマップ・最終チェック

まとめ

正当な理由なく公益通報をしない旨の合意を求めることや、不利益取扱いを告げること等によって公益通報を妨げることは禁止され、違反してされた合意その他の法律行為は無効となります。通報した場合の不利益取扱いを告げることは、実際に処分する前であっても通報妨害になり得ます。もっとも、通常の秘密保持義務や和解条項の守秘義務がすべて無効になるわけではなく、契約条項の目的、対象情報、例外、制裁、運用を確認する必要があります。

正当な理由なく公益通報者を特定する目的の行為も禁止されますが、不正調査や情報漏えい調査が一律に禁止されるわけではありません。目的、必要性、範囲、手段、代替方法を記録することが重要です。通報者探索、範囲外共有、従事者守秘義務は別の概念であり、混同しないよう整理してください。第11条の2・第11条の3には、解雇・懲戒と同じ直罰規定はありませんが、無効規定や他の法令上の問題は別途生じ得ます。

企業は、契約書だけでなく、退職手続、和解、匿名通報の受付、社内調査、ログ調査の運用まで見直す必要があります。

次の記事では、従事者指定義務の履行確保のために新設された、消費者庁の命令権と立入検査権について解説します。

次の記事:消費者庁の命令・立入検査にどう備えるか|従事者指定義務と行政監督の強化

主な参照資料

読了後の実務化ガイド

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